98・呼び出し
ハツーナには早々に帰ってもらい、シューゴは掃除作業用の服から部屋着に着替える。
今日は一人なので、二階の長窓の外で夕食にした。
二階以上で屋根のない場所を露台というらしい。
そこに一人用の小さな丸いテーブルと座り心地の良い椅子を用意する。
暮れゆく空、遠くから聞こえる雑踏。
パンにハムとチーズを挟んだものを乗せた皿、温かいお茶の入ったポットとカップ。
新鮮な野菜を塩茹でしたものを大きめの器に入れて置いた。
それをフォークで口に運びながらパンを齧る。
自宅ならではの贅沢である。
「うまそう、俺もいいか?」
リーがやって来た。
「勿論。 椅子と食器は自分で」
「分かった」
小さなテーブルがたちまちいっぱいになる。
リーの場合は酒瓶とグラスと、後はツマミである。
家で飲む時しか出さないグラスはお気に入りで、よほど機嫌が良いのだろう。
暑くも寒くもない。
二人は黙って好きなように、それぞれの食事を楽しんでいた。
しかし、人生というものは常に理不尽で思い通りにはならないものである。
玄関から来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
三人組なら呼び鈴は鳴らさない。
二人は顔を見合わせ、仕方なくシューゴが立ち上がる。
「こんばんは」
マスオルだった。
「こんばんは、どうされました?」
今日は来客が多い、シューゴはうんざりした顔になる。
「少し中でお話しさせて頂いても?」
「夕食中ですが、まあ、どうぞ」
日頃から無茶振りしている相手なので無下にも出来ず、中に入れた。
長窓の外でリーが手を振って挨拶する。
機嫌の良さに料理の残りは期待出来そうにない。
シューゴは来客用の仕切りの部屋へマスオルを案内した。
「まだ食事中なので手短にお願いします」
マスオルは「組合に来て頂きたかったのですが」という言葉を飲み込んで頷く。
「これを」
一通の書簡をテーブルに置き、シューゴの方に押しやる。
王城の門を潜る時に見た王家の紋章で蝋封されていた。
王宮からの呼び出しだ。
「我々になんの関係が?」
呼ばれるようなことをした覚えはない。
「調査隊の役人の女性が、その、王弟殿下の姫でして」
一人娘らしい。
シューゴは頭痛がした。
「平民の調査隊と救助隊四人で、まずは国王の謁見がありまして」
その後に、無事に帰還したという祝宴があるそうだ。
「不参加で」
「それが、各組合長と教会幹部も呼ばれておりますので、欠席は難しいのです」
連帯責任という、お互いに監視する制度がある。
つまり、シューゴたちが顔を出さないと組合長の首が物理的に飛ぶ。
「今までなら謁見には平民は参加せず、組合長が代理で良かったのですが。 その、今回は姫様が納得されませんで」
キクマ隊長や荷物持ち兄弟には口止めしていたが、どこからかウーウの話が漏れたのかもしれない。
呼び付けて話を聞こうと考えたのだろうか。
「それで祝賀会、ですかー」
「はいー」
マスオルも申し訳なさそうに顔を伏せている。
シューゴは日程を確認し、結論を待ってもらうことにした。
「断れないのは理解しています」
それでもすぐに頷けることではなかった。
シューゴは気持ちの準備がしたいとお願いする。
「分かりました。 王城での作法などの打ち合わせや、衣装の準備もありますので、早めにご連絡ください」
「承知しました」
シューゴは玄関までマスオルを送った。
「あ、そうだ」
外に出たところでマスオルが立ち止まる。
「裏庭ですが。 ご要望の通り、買い上げ出来ました」
「へ?」
思いがけずシューゴの口からおかしな声が出た。
交渉をお願いしていた、裏庭の周囲にある土地を組合が買い上げたという。
それを今度はシューゴが買い取ることになる。
「すでに書類は準備してありますので」
「あ、はあ、ありがとうございます」
シューゴはしばらくの間、ポカンとしていた。
ジワジワと喜びが込み上げてくる。
自宅に戻り、リーのいる露台に出た。
すっかり日が暮れて街は闇に沈み始めている。
ドカリと椅子に座るとリーが首を傾げた。
「なんの話だった?」
「私にとって良い話と悪い話」
リーも無関係ではないが、どう感じるかは分からない。
「話したい方から聞くよ」
リーは笑いながら何杯目かのグラスをあける。
「良い話は、この裏庭を拡張出来るようになった」
「ほう」
「悪い方は、王宮から呼び出しだ」
「あー」
リーは天を仰ぐ。
「どうするんだ?、シューゴ」
「断れないだろうな」
それでも何か策はないかと考える時間はもらった。
「リーは行きたい?」
ほとんどの人間は王城の門の中にさえ入ったことはない。
それが、今回は王宮の建物の中である。
「そりゃあ、入ってみたいとは思うけどさ。 それに自分たちが行かないと、キクマ隊長やハツーナ神官、組合長にも迷惑がかかるんだろ?」
それくらいのことは、リーでも分かる。
だが、それを気にしておとなしく従うかどうかはまた別の話だ。
「ま、シューゴが行くなら俺も護衛としてついて行くよ」
「ん、ありがとう」
二人はお互いに微笑む。
シューゴは、あらかた無くなっていた皿に焼き菓子や、干し果物を乗せた。
(おそらく、呼び出しには理由があるよな)
ただの姫役人の我が儘というわけではないだろう。
シューゴは報酬が欲しいからではなく、お世話になった方々のために出席することにした。




