90・竜の神殿
リーが急ぎ出し、シューゴとキクマが後を追う。
その足は段々と早くなる。
そして、ピタリと止まると数段の階段の上を見上げた。
そこにはゆったりとした広い椅子に一人の女性が寝そべるように座っている。
「また、誰か来たのか」
静かだが威厳のある声だ。
リーは階段の下まで近寄る。
「アンタ、竜だろ?。 なんでこんな所に居るんだ」
ピクリと女性の体が震えた。
シューゴは、キクマにはリーの会話は聞こえないようにしたままである。
「ほお、お前も同族か。 まだ若い声ね、坊や」
「……目が見えないのか」
リーが訊ねる。
「気にするな。 わちしはどうせ、もうこの闇からは逃れられん。 そっちこそ、何故、ここに来た」
「頼まれたんだよ。 アンタ、何人か人間を連れてっただろ」
女性の顔が歪む。
「失礼だね、坊や。 ここはわちしの棲家でね。 探知の霧に引っかかった者どもを捕らえたただけさ」
今はリーの気配を感じたため霧は出していない。
椅子の脇には魔力で作られた檻があり、その中に三人の人間が倒れている。
「返してくれない?。 そしたら、そっちのことは何も言わないし、何もしない」
クククッと女性が笑う。
「わちしの縄張りに勝手に入ってきたくせに」
ブワッと魔力が吹き荒れた。
暴風が止むと、シューゴはそっと顔を上げて女性を見る。
酒樽を一つ取り出してリーに渡した。
頷いたリーは、それを持って階段を上がり、女性の傍まで近寄る。
「まあ、落ち着きなよ」
カップを取り出して女性に差し出し、手に持たせると酒を注ぐ。
「ほお、この香りは。 酒など何百年ぶりかの」
グイッと飲み干す。
「美味いな、もっと飲ませてくれ」
「いいよ。 俺はリー、キョーの息子だ」
「なんと!」
女性が驚き、興奮で顔が赤くなった。
「キョー、おお、懐かしい!。 ああ、先日感じた魔力は坊やだったのか。 どうりで懐かしく感じたはずだ。 で、キョーはどうしておる」
女性が捲し立て、リーは少し苦笑した。
「ごめん、母さんは百年前に亡くなったんだ」
「そ、そうか」
立ち上がりかけていた女性が座り込む。
見えない目から涙が一つ溢れ落ちた。
「ねえ、どうしてこんなことになったのか話してくれない?」
リーは今までにない優しい声を出す。
「そうだな。 わちしはもう長くない。 坊やには話しておこう」
竜の名はウーウ、風竜だという。
青黒く長い髪には艶もなく、肌は荒れ、光のない虚な黒い目。
竜の年齢は分からないが、見た目は人間の四十代前後という感じである。
「その昔、何百年前か分からんが」
人々は竜を神の使いと崇めて神殿を造った。
「おそらく、それが神の怒りに触れたのじゃろう。 竜が神を名乗るとは烏滸がましいと」
地面が大きく揺れ、裂け、多くの者が飲み込まれた。
ちょうど人型になって神殿を訪れていたウーウは、それに巻き込まれて地の底に落ち、気を失ってしまう。
「体を癒し、再び飛び立とうとしたが、倒れた場所が悪かった」
竜の周りには硬い地盤と大木の木の根。
そして再び地面が割れぬようにと願われた『神力』による結界が張られていた。
シューゴは思い出す。
十階の地下には魔力による結界があるときいたが、竜は自分の上にあるという。
(だとしたら、五階と六階の間で魔物が途切れるのは、そのせいか)
『神力』による結界が存在し、魔物が通れない。
それなら辻褄は合う。
しかし、地殻変動があったのは神の怒りとは違う気がした。
十階にある巨大な魔力石のせいでは、とシューゴは考える。
とにかく、その変動後に国が出来て地下迷宮が発見された。
ウーウはその時、すでにいたことになる。
竜がいるとは知らずに結界を張ったのは、かなり優秀な『神力使い』だったのだろう。
それでも、何百年も竜が大人しくしていた意味が分からない。
「わちしは当時、孕っていたのだ」
ウーウが少し照れたのが分かる。
そのため、地下に棲家を整え、なんとか調整し続けて卵は無事に産まれた。
だが、体力を使い切ってしまっている。
これ以上の消耗を抑えるために人型になり、しばらくは地下で過ごすことにしたという。
「幸運にも、この土地には魔力だけは豊富にあったのでな」
餌となる魔物もいるため、地下から少しずつ上に上がりながら生き延びてきたが、闇の中の生活でウーウは視力を失った。
「じゃあ、子供は?」
リーが身を乗り出して訊く。
「地下で育てるのは難しいのでな、卵のまま眠らせておる」
「そっかー」
リーはそっと息を吐く。
「じゃあ、俺たちがアンタと卵を竜族の里へ届けてやるよ。 だから、そこの人間たちは解放してくれないか」
リーは交換条件を提案する。
カカカッとウーウが笑った。
「そんなこと、出来るわけがない。 長い年月の間にわちしの上にはたくさんの建物が建ち、人々が住んでおる。 結界を解けば魔物が街に溢れるぞ」
と、リーを嗜める。
「それはなんとかなると思いますよ」
シューゴがヘラリと笑って言う。
「えっ」
シューゴの隣りにいたキクマが、なんのことか分からないまま驚いた声を出す。
「うん、俺とシューゴなら出来そうだなって思ったんだ」
リーはそう言って笑い、キクマとウーウは困惑していた。
シューゴは話し合うため、リーとウーウの傍に移動。
階段を上がったキクマは調査隊を見つけ、駆け寄って行った。




