84・同行者の条件
「これは私からです。 熱いうちにどうぞ」
マスオルは、妻が作った朝食を籠に入れて持って来ていた。
歯応えのあるパンを軽く炙り、野菜スープのポットまで付いている。
「ありがたく頂きます」
シューゴは籠を受け取った。
「それはいいな。 ワシにも一つ、もらえないか」
いつの間にか、門の反対側で眠っていた男性が傍に来ていた。
「ええ、どうぞ」
シューゴは彼に籠を渡す。
その男性は中年というにはまだ若く、シューゴたちよりは年嵩に見える。
「シューゴ?」
朝食を食べる知らない男性を見て、リーが渋い顔になる。
「リーさんもどうぞ」
マスオルは大食漢のリーにも用意していた籠を渡す。
それを受け取ったリーは機嫌を直した。
マスオルはシューゴから「同行者が集まり次第出発したい」と聞いていた。
門の中に入るためには組合長の委任状が必要で、それ自体は既にシューゴに渡している。
問題は、昨日頼まれた物が間に合うのか、と、同行者が来てくれるのか、だった。
シューゴは紙に書かれた特徴から、そこにいた男性が同行者だと確信していた。
「リー、この方は同行者の一人だよ」
「うむ。 兵士組合長から頼まれたキクマだ。 よろしく頼む」
男性は軽く礼を取る。
雇兵を生業としていて、迷宮にも一度護衛として入ったことがあるので、今回の救助隊の代表ということになる。
責任感が強い彼は遅れてはいけないと思い、昨夜からここに居たという。
「私はー」
シューゴが名乗ろうとした時、朝靄の中から小走りの足音が聞こえて来た。
「すみません、遅れましたか?」
東の教会で出会った神官服の女性ハツーナだった。
彼女が教会警備隊隊長トォモルの弟子らしい。
キクマが朝食の籠を勧めたが、彼女は断り、息の乱れが治るのを待つ。
「昨日、打診が来て、今日の早朝出発とは思いませんでした」
不満が顔に出ている。
正直な女性だな、とシューゴは思った。
「揃ったようですね、では。 私は収集屋のシューゴ、彼は相棒のリーです」
「よろしく!」
「では、この二人がー」
隊長キクマがマスオルに確認する。
「はい。 申し訳ありませんが、キクマ様、ハツーナ様」
マスオルは誓約の紙を取り出す。
「昨日、お話ししました通り、こちらの誓約書に署名して頂くことが同行の条件となります」
紙の下に板を当て、ペンを添えて、まずはキクマに渡す。
「ああ、ワシは構わんよ。 救助が上手くいくことが一番だからな」
署名してハツーナに渡す。
「わ、私も同じです。 どうせ迷宮の中だけのことですから」
しかし、シューゴの顔を見てハッとする。
「え……まさか」
「はい。 ロウくんたち三人をお預かりしている貸し部屋の家主です」
シューゴはヘラリと笑う。
ハツーナは迷いながらも、
「で、でも、やっぱり救助が優先、ですしー」
と、署名した。
マスオルは誓約書を受け取り、魔力石を取り出す。
魔力石としては大きい拳くらいの石だ。
これはかなり高価な誓約になる。
それを使ってでも秘密裏に助けたい、ということなのだろう。
「では発動いたします」
マスオルが魔力石を使い、誓約書に触れると同時に石は割れる。
蓄積された魔力が失くなったのだ。
そして、キクマとハツーナが一瞬、ピクッと反応した。
シューゴは門兵に組合長からの書状を見せて、通用門から中へ入った。
「では私はここで」
マスオルは門の外で四人を見送る。
「ふむ。 では行こうか、あー、あー?」
キクマは誓約の効果でシューゴとリーの名前を呼ぶことは出来ない。
「収集屋とお呼びください、キクマ隊長」
「うむ、よろしく頼む」
シューゴたちはキクマの後ろにハツーナを歩かせ、自分たちはその後ろについて行く。
通用門から城壁に沿って奥へと向かう。
広場のような場所に出ると、兵士たちの姿がチラホラ見えた。
「ここは騎士団の訓練所だ」
騎士団の宿舎、整地された訓練所。
その奥の突き当たりの壁に、大きな両開きの鉄の扉があった。
それが迷宮の出入り口である。
迷宮の扉の前に騎士団の施設があるのは、監視しやすいことと、魔物などが出て来た場合に対処するためだそうだ。
見張りは若い騎士たちの仕事で、シューゴたちが来ると重い扉を開けてくれた。
「お気を付けて」
無言で会釈し、キクマを先頭に中へ入る。
石畳の床、広い真っ直ぐな通路。
入り口付近だけは魔道具の照明で明るいが、地下への階段は闇の底へ続くように暗い。
シューゴは【収納】から大型のカンテラを出してキクマに渡す。
「お、すまん。 ありがとう」
「いえいえ。 荷物持ちですから」
ヘラヘラと笑いながら、リーにもカンテラを渡す。
本来ならリーには明かりは不要だが、ハツーナを不安にさせるのは良くない。
ちゃんと後ろにいる姿を見せておく。
長い階段を下りきった。
「ここからが地下迷宮だ」
キクマがカンテラを高く掲げる。
暗い土壁はうねり、自然のままの狭い通路が続いていた。
なるべく四人で固まり、少しずつ先へ進む。
「キクマ隊長は何階まで行かれたのですか?」
「地下十階だ。 そこに王宮の地下を支える魔力石がある」
年に一度は点検のため、必ず誰かが行くと言う。
「魔獣や魔物がいると聞きましたが、キクマ隊長は戦われたのですか?」
「うむ」
シューゴはキクマと会話を続け、リーは珍しそうにキョロキョロしていた。




