69・新生活の拠点
一階に戻り、階段横にある通路を曲がる。
その廊下の先に地下へと続く階段があった。
「ここから先は魔道具の元を切り替えます」
マスオルが壁で何か操作をしている。
地下と地上階では動力源が違うらしい。
ゆっくりと階段を下りると、何かの匂いがしてくる。
「なんだ、この匂い」
鼻の良いリーが訊ねる。
「地下の温水の匂いです」
と、マスオルが答えた。
「お二人はこの王都の成り立ちをご存知ですか?」
「いえ。 あまり詳しくないです」
シューゴは少し本で読んだことはあるが、それが事実なのか物語なのかは知らない。
「王城の裏手の岩壁をご覧になったでしょ?。 この国は昔、隆起した山の下にあるんです」
あの南にある隆起した山は火山だという。
二つある街の公衆浴場も、火山の地下で温められた水を利用しているそうだ。
地面がなんらかの力で動くという事はある。
このアダステル国では、それが魔力であると信じられており、地下に大量の『魔力』が溜まっているといわれていた。
そのため王都の地下には魔物が巣食っていると、恐れられている。
「約五十年前、大陸の各地で戦争がありましたが、この王都はどこからも攻め込まれることはありませんでした」
それはこの地形のお蔭だとマスオルは言う。
地下への階段を下り、短い廊下の突き当たりには扉のない四角い部屋がある。
そこは地下の硬い地質を利用して造られた天然の浴室だった。
温められた地下水が豊富なのは確かなようだ。
湧き出る温水が管を通って壁にある温度調整用魔道具から浴槽へ落ちる設計だ。
「このように平民の個人宅にあるのは稀ですが、貴族や富豪の家には普通にありますよ」
街の高級な宿にも広い浴場があるそうだ。
ここも十人以上は浸かれるほど広い。
「ふえ。 じゃ、いつでも入れるんだー」
リーの目が輝く。
「基本的にはそうですが。 とにかく設備の維持に金が掛かるので」
それが不人気の一番の理由。
「マスオルさん、ここにします」
「はい、ありがとうございます。 では一応、押さえておきますので、後日連絡していただければ」
「いえ、今日から住みます」
シューゴの返答にマスオルが本日、何回目かの思考不能に陥る。
リーはもう苦笑いしかしない。
「金を払うのはシューゴだから、俺は何も言わん。 ただ一緒に住まわせてくれよ」
「勿論だ、リー。 相棒だろ」
たまに高級宿に泊まりに行くのはリーの趣味なので、シューゴも止める気はない。
二人の会話を聞いている間にマスオルの意識が戻る。
「本当にこちらでよろしいのですか?」
お勧めしたのはいいが、少し心配になってきたようでマスオルの腰が引けている。
「ここってかなり魔力が必要ですよね?」
「はい。 半端なく必要となります」
魔道具が大量に使われているため、住む人間を選ぶ家。
組合が扱っている物件の中でも最高難易度。
一般の都民には手が届かず、金や身分がある者なら南にある高級住宅街へ行く。
中途半端で、買うどころか借りる者もいないため、建物自体は激安物件になっていた。
「でも買えるんですよね?」
「はい、勿論。 ありがとうございます。 ではこちらに署名を頂ければ、鍵をお渡しします」
「はい」
シューゴはサッサと署名し、魔道具である鍵を受け取る。
マスオルは深く礼を取り、何度も振り返りながら組合に戻って行った。
後日聞いたところ、最低でも『黄』以上の資格証がないと買えない物件だったらしい。
シューゴは、あまりにも昇格してすぐだったので、また組合に嵌められたのかと怪しんだ。
とにかく、その日は庭に【テント】を張って寝た。
翌日、仕事を探しに組合の受付窓口に並ぶ。
「やっぱり混んでるな」
すでに昼に近い時間帯だが、たくさんある窓口はどこも混雑していた。
「おや、シューゴさん、リーさん」
受付の奥からマスオルが声を掛けてきた。
「こんちは」
「昨日はお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。 今日はどのような御用でしょうか?」
「あ、仕事をー」
シューゴが並んでいる人たちを気にしていると、マスオルはニコリと笑う。
「こちらへどうぞ」
二人を昨日と同じ、奥の仕切りのあるテーブルへ案内した。
他の職員が飲み物を運んできて置いていく。
珍しく温かいお茶だった。
一口飲んでみる。
「紅茶だ……」
シューゴは母親がたまに飲ませてくれたことを思い出す。
「俺たちは上客ってわけだ」
リーはグビッと飲み干した。
「あはは、勿論です」
あれだけ高い買い物をしたのだから当然だ。
「実は後でお伺いしようと思っていました。 家具や寝具、食器など必要でしょ?。 組合で推薦出来る店と平均的な値段を書いたものをご用意いたしましたので」
「はあ、ありがとうございます。 でも、仕事しないと代金が」
「それなんですが」
マスオルがそっと数字を書いた紙を差し出す。
「現在のシューゴさんの残高になります。 まだかなり残っておりますので、心配はないかと」
それだけ、あの家が格安だったということである。
シューゴたちは苦笑するしかなかった。
シューゴは、食事にしても家財道具一式にしてもほとんど拘りがない。
「リー、頼んでいいか」
「無理」
疑問符を浮かべながら二人を見るマスオル。
「買い物、誰か頼める人いませんか?」
マスオルは買い物代行もやることになった。




