65・間話 白紙の効果
少し長めです
ナキの街の巫女は職業組合に初めてやって来た。
先日、巫女が勤めている治療院で院長の不祥事が明るみになるという事件があり、その時、彼女はある収集屋の青年に助けられたのだ。
あれから忙しくてなかなか足を運べなかったが、どうしても、もう一度会ってお礼を言いたい。
ここに来れば会えると聞き、がんばって受付の女性職員に話し掛ける。
「あのぉ、背の高い収集屋さんは今日、いらっしゃいますか?」
「はい?」
「えっとー、治療院のお薬の素材集めをしてくれた、あの、藁色の髪で細長くて、優しい笑顔の」
若い巫女は思い出しながら必死に訴える。
受付の女性は「あー」と頷いた。
「『収集屋のシューゴ』さんなら、もうこの街にはいませんよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの日、ナキの街の教会には王都から派遣された教会警備兵が来ていた。
その者は『神力使い』であり、その中でもツァル派の実力者のひとり。
森で異常な魔力が検知され出動したが、今、戻って来たようだ。
「騎士様。 この度はご足労をお掛けして申し訳ございません」
ナキの街の教会で神官長を勤める老人は深く礼を取る。
「いえ、これも仕事ですから」
中年警備兵は穏やかな笑みを浮かべたが、その太い腕で一人の老人を引きずっていた。
その後ろには木箱と鞄を抱えた、この街の職業組合長。
神官長は彼らを教会奥の人払いされた部屋へと招き『神力』で室内に【結界】を張る。
「やはり、何かあったのですね」
部屋の隅に縛り上げてある老人を横目で見た。
教会の所属でありがら、治療院を私物化していると噂があった院長である。
ナキの神官長は極秘で王都本部に調査を依頼していたのだ。
「まずはこれを」
調査を手伝っていた組合長が木箱をテーブルの上に乗せる。
「ある収集屋から手に入れました」
そっと蓋を開けると、保存の魔道具である箱の中には小型の魔獣が入っている。
「これは?」
目を引くのは、その魔獣の上に置かれたメモだ。
「白紙に見えますが『神力』を使うと文字が浮かぶようです」
「ほお」
『神力使い』の神官長は驚きつつ、箱から紙を取り出し目を通す。
「あ、あの、これは本物ですか?」
組合長が訊ねると、神官長と警備兵は頷いた。
「この素材が滅多に手に入らず、かなり高価な薬になるが、それを必要とする難病がある。 この街にそんな重病人がいるとは聞いていない」
神官長は顔を顰める。
「それだが」
組合長はもう一つの鞄を差し出す。
「どうやら、重病人をこれから作る予定だったようです」
「作る?」
何を言ってるのか分からないという顔の神官長に、警備兵が鞄の中からまた白紙の紙と、いくつかの書類を取り出した。
書類の束は治療院で使われている、患者の治療についての指示書である。
神官長はそれに目を通し、一枚の紙を見えやすいようにテーブルに置いた。
「この方は、先日街に到着したばかりの良家のお嬢様だが病気とは聞いていない」
しかし治療が必要だと記入されている。
しかもよく見ると難病と思われる症状が書かれていた。
縛られたままの院長の顔色が悪い。
「この鞄は治療院の院長室にあったらしい」
『神力使い』の警備兵が院長を一瞥し、白紙のメモを読み上げる。
「二重底に小箱があり、そこに入っていたのは、ある病気の元ー」
「嘘じゃ!、何かの間違いだ。 わしは何も知らん!」
警備兵の言葉を遮って院長が叫ぶ。
「ほお、では収集屋が嘘を吐いていると?」
「そ、そうじゃ。 わしよりあんな胡散臭い男を信用するのか!」
その言葉に『神力使い』の警備兵が反応する。
「これ、あんたは読めるか?」
院長に一枚の紙を見せる。
「何も書いてないのに読める訳がないではないか」
警備兵はフフンッと笑う。
「これには魔獣の解体の仕方が細かく書いてあるんだよ。 『神力』を持つものにしか読めない文字でな」
「な、なんだって」
「つまり、あんたには『神力』は無いってことだ」
「う、うう」
院長は、自分の『神力』が消失したことが分かると自分より立場の弱い巫女を雇い入れた。
彼女に治療を任せ、治療に必要な大量の薬は裏でコッソリ薬屋と収集屋から独占買取していたという。
「だから街に薬が不足していたのか」
組合長は呆れた。
「それでは経営が成り立たんだろ」
教会幹部である警備兵がため息を吐く。
『神力』による治療と、薬による治療では報酬額が全く違うのだ。
近くの教会が目を光らせているため、『神力』の治療では多額の報酬は受け取れない。
しかし高価な薬なら。
「だから裕福な重症患者が欲しかった、と」
幸い、この街には遠くから観光客が来る。
珍しい薬だといえば、かなり高額でも支払うはずだ。
「治療出来なかったらどうするつもりだったんだ」
「はう」
そこまで考えていなかったのか、院長はがっくりと項垂れ、教会地下牢にと連れて行かれた。
一息ついて全員が椅子に座ると、軽い酒が出て来る。
それを手に取り、警備兵と組合長はグッと飲み干した。
「とにかく、この毒の入手経路も調べなきゃならんし、身柄は本部に送らせてもらう」
「よろしく頼む」
警備兵と組合長は頷き合う。
その中で、神官長は先ほどからずっと白紙を見ていた。
「それは珍しいものなんですか?」
組合長は不思議そうに訊ねた。
シューゴのような若者が持っていたのだから、そんなに貴重なものではなさそうだが。
「『神力』で文字を隠す紙は珍しくありません。 治療院ではよく使いますし」
患者に知られたくないことなどを書き留める場合に使う。
「しかし、これはー」
神官長は白紙の隅に小さく刻印された印を指差す。
「調べれば分かるだろうが、私の記憶では、これは王家の血筋でありツァルタークス派の巫女殿の印だ」
ーーその紙は、シューゴが家で勉強をするために母親からもらったものであった。
第四章はここまでになります
第五章は王都編の予定です
しばらくの間、また書き溜めのお時間をいただきます
よろしくお願いします




