6・相棒との出会い
それは一年ほど前のこと。
仕事で街の外に出ていたシューゴは、いつものように森の中で【テント】を張って休んでいた。
まだ夜明け前、尿意を感じて【テント】を出ると血の匂いが漂ってきた。
静かに辺りを観察しているとガサガサと何かが移動している音がする。
シューゴにはそれが人の足音だと分かった。
すぐ近くでドサリと倒れたようなので、近寄り声を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
暗くてはっきりとは判らないが小柄な男のようだった。
「ハラ、ヘッタ」
シューゴはため息を吐く。
街の外で仕事をしていると、たまに「食料を分けてくれ」と言ってくる連中に出くわす。
準備を怠ったか、予定外のことがあったのかは知らないが、シューゴは仕方なく予備のパンを取り出して渡した。
「チッ。 小さいのを一匹だけ狙ったのにデカいのが出て来やがって」
ブツブツと呟く声が聞こえた。
(こいつのせいだったのか)
シューゴは顔を顰める。
男は腹を満たすと何故か黙って立ち上がり、歩き出す。
いつもなら知らない人間には関わらないシューゴだが、今、この辺りには濃い魔獣の気配がある。
放っておけない。
「お、おい」
引き止めようとしたが、その男はサッサといなくなってしまう。
「まあ、いいか」
シューゴは【テント】に戻り、気になって眠れないまま朝を待つ。
空が白み始めた頃【テント】から顔を出して様子を伺う。
「おーい」
あの男の声が聞こえた。
目を凝らしたシューゴは唖然とする。
「は?」
大型獣の死骸と、そのすぐ傍にあの男がいた。
「飯の礼だ」
子供のようなその笑顔にシューゴは呆れる。
「……運ぶのを手伝ってくれよ」
街まで運ばせることにした。
まだ夜が明けたばかりで、街の門は出入りする人影は少ない。
職業組合の倉庫は建物の裏手、門を入ってすぐ近くにある。
「僕が門番に声を掛けたら、その隙に倉庫へ行け」
「分かった」
荷物を抱えた男はシューゴに頷く。
二人は倉庫番のシンゾー老人を叩き起こして獲物を引き取ってもらい、報酬は二等分する。
「なんで?。 コレは飯の礼にアンタにやったんだ」
リーと名乗った男は金を受け取ろうとしない。
「あのな。 飯を食うにも金がいる。 あんた、持ってるのか?」
「うっ」
リーは渋々受け取った。
「それより、お前さんの仕事は?」
シンゾー老人がリーに訊ねる。
ここは仕事を斡旋する職業組合だ。
リーは童顔だが成人していると言う。
「実は一人でも出来る仕事を探してるんだ」
その答えにシューゴとシンゾー老人は顔を見合わせる。
「シューゴ。 コイツに収集屋の仕事を教えてやれ」
一人で稼ぐとなれば『収集屋』が一番手っ取り早い。
シンゾー老人に言われて、シューゴは仕方なく頷いた。
「じゃあ、まずは組合に登録からかな」
「お、おう」
そんなわけで、リーは『収集屋見習い』になった。
「相変わらず碌な仕事を引き受けないよな、シューゴは」
「あははは」
リーは毎回文句を言いながらも、シューゴと二人での仕事を楽しんでいた。
基本的にシューゴはリーには無理をさせない。
シューゴが率先して無茶をやる。
「見習いの俺にやらせとけよ!」
リーは何度も言ったが、シューゴは笑うばかりでやめる気などない。
「シンゾー爺さんもアンタが街の外でこんなことしてるって知ったら、一人でやらせないと思うよ」
リーはため息を吐く。
今ではシューゴの不思議な力のことは分かってきたが、最初の頃は自分より危なっかしい指導係に呆れたものだ。
「もう独り立ち出来るよ」
周りからはそう言われても、リーは心配でならなかった。
シューゴは、不思議な力のことを魔道具のせいにしている。
弱そうに見えるシューゴから魔道具を奪おうとする者たちは後を絶たない。
「俺はアンタを守りたいんだ」
「それは……ありがたいけど」
リーは無理矢理、見習いから護衛になった。
シューゴと仕事をするようになって、リーには分かったことがある。
いくら不思議な力で自分を守っていても万能ではない。
シューゴは他のことに夢中になると力を使っていたことを忘れたり、いきなり力が切れたりする。
「まったく!、何やってんだよ」
リーは襲ってくる獣や魔物を蹴散らしながら叫ぶ。
「あはは、すまんすまん」
シューゴは頭を掻く。
一年経った今では、シューゴにとってリーは頼りになる相棒である。
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水路まで下りたら壁にあるスイッチで灯りを点ける。
あちらこちらにある照明の魔道具が一斉に明るくなった。
しかし、とても頼りなくぼんやりとした薄明かりにしかならない。
キーキーと小動物たちが驚いて動き回る気配がした。
どこからかゴウゴウと水の流れる音がする。
「地下って案外五月蝿いんだな」
リーはくぐもった声で呟く。
「まあな。 足場が狭いから気を付けて」
水が流れる排水路に沿って、人間が一人しか歩けない足場が続く。
シューゴたちは水音に向かって歩いている。
「なあ。 コイツら邪魔なんだけど斬っていいか?」
リーは足元をチョロチョロ逃げ惑う小動物を蹴る。
「ちゃんと拾って持ち帰るなら斬ってもいいけど」
清掃に来たのだから死骸を放って帰るわけにはいかない。
「チッ」
リーは仕方なく足元のそいつらを踏み潰さないように気を付けて進んだ。