5・街の中の仕事
街の外での収集屋の仕事は休みだが、街中の仕事は小遣い稼ぎになる。
職業組合員である二人の階級は揃って最低級の『青』だ。
まだ初心者を抜けきれず、あまり儲かる仕事はない。
しかし賃金報酬が安いからこそ、仕事の依頼は『青』が一番多いのである。
「相変わらず報酬と仕事の難易度が見合ってねえな」
リーがぼやく。
本来なら危険な仕事は『青』ではなく、『緑』やそれ以上の階級に依頼する必要がある。
まだ駆け出しの『青』では失敗どころか、命を落とす危険性のあるものまで貼り出されていた。
「依頼を出す方だって、こんな報酬額でやってくれる人がいるとは思ってないさ」
シューゴには一種の見せしめに見える。
おそらく受注しようとすれば、受付で、
「たった今、決まってしまったから違う依頼を受けましょう」
と、言われるだろう。
なのに、そういう仕事はずっと張り出されたままである。
「こんな仕事は誰も引き受けないよって、依頼する者にわざと見せ付けてるのさ」
シューゴはそう言いながら、ある依頼の紙を一枚手に取った。
「それ、やるのか?」
リーは顔を顰める。
シューゴが手にした依頼は街の清掃に関する募集だった。
「リーは休んでて。 僕はスッカラカンだからね」
「はあ、またかよ」
シューゴが報酬をもらうとすぐに使い切ることは知っていた。
「ナナエさん、これ、お願いします」
「あらあら、またやるのね、これ。 でも、お蔭で街としてはいつも助かってるわ」
ナナエはシューゴに集合場所や時間を書いた紙を渡した。
「気を付けてね。 いってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
シューゴは、ナナエとリーに手を振って組合を出た。
「こんにちは、管理官殿」
「おう。 またお前か」
街の役所に勤める清掃担当の管理官は筋肉質な体をした元兵士の男性である。
「昨日、外から戻ったばかりだろ。 もう文無しか」
「はい」
シューゴは頭を掻いてヘラヘラと笑う。
管理官も収集屋シューゴの癖は知っている。
「まあいい。 お前なら任せられるからな。 ほら、これが今回の清掃の範囲だ」
街の地下を流れる排水路の地図である。
何度かお世話になっているシューゴは、おおよその地図は頭に入っていた。
「次の鐘までに人が来れば、そいつと一緒にやってもらうんだがー」
やがて街の広場の鐘が鳴る。
「……誰も来ませんね」
管理官はため息を吐く。
だいたい、汚い仕事は誰もやりたがらないのに報酬まで安い。
こんな仕事を引き受けてくれるのは、年中、金に困っているシューゴくらいだった。
「じゃあ頼むぞ。 終わった頃に確認に来る」
「はーい、了解でーす」
管理官を見送り、シューゴは地図を見ながら歩き出した。
「この辺りかな」
今回の清掃範囲のほぼ中央に来た。
そこは街の中央に当たる公園で、噴水のある広場になっていた。
とはいえ、清掃は排水路なので地下であり、シューゴがいるのは地上である。
「この噴水から流れ出る水で押し流してるんだよな」
常に水を生み出す巨大な魔道具から溢れ出る噴水。
地下の排水路はここから街の地下を巡り、最終的に街の外にある川に繋がっている。
地区ごとに浄化の魔道具が設置されているが水路に溜まるゴミは別物だ。
定期的に見回りが必要になる。
シューゴはどさっと噴水の脇に座り込んで、目を閉じた。
【探索】
誰にも聞かれないよう小さく呟く。
朝昼兼用の食事を食べて来たので、お腹がいっぱいで少し眠くなってきた。
目をつぶっていると本当に寝てしまいそうだ。
「あー、これはちょっと良くないかも」
大きな反応がある。
シューゴは嫌な予感がした。
街の外の北から東に流れる大きな川。
排水はその川へと注ぎ込んでいる。
そして、北には鬱蒼とした森があった。
ふいに誰かが近寄って来る。
「おい、シューゴ。 何やってんだ、こんな所で」
たまたま通りかかったリーだった。
「街中でも無防備に寝てるのは危ねぇぞ」
「あはは」
リーはシューゴの隣りに座った。
「丁度いいや。 リー、少し手伝ってくれないか」
「別にいいけど」
「ありがとう」
シューゴは微笑む。
「地下水路の清掃だろ?」
リーは歩き出したシューゴを追いかける。
「うん。 掃除だよ」
何度か地下水路に入っているシューゴは迷わず路地に入って行く。
その先は行き止まりになっていた。
リーが首を傾げていると、シューゴは管理官から預かっていた鍵を取り出す。
「ここが地下への入り口だ」
行き止まりの壁に鍵穴付きの扉がある。
鍵を差し込む。
ギギギギギ
扉を開くと階段が現れた。
中は暗いがシューゴは躊躇わずに降りて行く。
「リー、こっちだ」
いつの間にかシューゴは手にカンテラを下げていた。
「お、おう」
漂ってくる排水の臭いにリーは顔を顰める。
「血の匂いは平気なくせに」
「うるせー」
シューゴは笑いながらリーに手拭き用の布を渡して、自分と同じように口の周りから後ろへ伸ばし、頭の後ろで結ぶように教える。
顔に巻き終えても、鼻が敏感なリーは不機嫌そうな顔のままだった。
シューゴは小さく呟く。
【消臭】
後から後から湧いてくる臭いは仕事が終わるまでどうしようもないが、リーの鼻を覆う布にだけ力を使う。
リーは、ほんの少し呼吸が楽になった気がした。