44・村の変化
長兄は、朝食前にシューゴに剣術を教えるようになった。
「ほら、早く立て」
次兄も三男も参加し、外から見れば兄弟で仲良く訓練しているように見える。
木剣とはいえ、ほとんど朝食しか食べないシューゴの痩せ細った体には堪えた。
家の中でも、暑い盛りでも、痣だらけの体を隠すようにマントを被るようになる。
翌朝になれば痣は消えるが、それまでに見られるのは嫌だった。
「大丈夫か?、シューゴ」
坊ちゃん呼びはやめてもらった。
「うん。 平気だよ」
いつものようにムラトと畑に食事を運ぶ。
その帰りのこと。
ちょうど村の広場に近いムラトの家の傍まで来た。
「話がある、入れ」
ムラトにそう言われて中に入った。
シューゴは薬草で作ったお茶をもらい、椅子に腰掛ける。
「シューゴは本当に一人で大丈夫か?」
ムラトがボソリと呟いた。
「何かあったの?」
先ほどムラトは、畑でチュージと二人で話をしていた。
「村の人口の話は知ってるな?」
「うん。 二年に一度、最初の村人の数から減っていないか、国の役人が調べに来るんだよね」
それは税金の取り立てと一緒にやって来る。
どの開拓村でも一番嫌な時期だ。
ムラトは頷く。
「隣村は魔獣騒ぎの時に護衛が何人かやられてる。 それに村長の娘がこちらに嫁に来ることになって、さらに人数が減るんだ」
「うん、それで?」
「減った人数を補うために、うちの村から何人か移住することになった」
幸いシリエスタル村は僅かだが人は増えている。
「ムラトさんが行くの?」
「ああ。 そうなるらしい」
畑でチュージに打診されたようだ。
ムラトには断る理由がない。
シューゴは俯く。
いくら自分が村長の息子でも、ムラトを外してくれとは言えない。
「そう。 いつ頃行くの?」
「隣村からアカクの嫁が来る前に行くことになるな」
秋の市には嫁入りが決まっている。
もうあまり日がない。
「薬草の買い取りは治療院の爺さんに頼んでおく。 ここに置いてある本は、俺のも含めて全部やるから持って行け」
「……ありがと」
シューゴは椅子から飛び降りると、本をマントの中に『隠し』て持ち帰った。
数日後、村人は広場に集められた。
チュージは声を張り上げる。
「皆、聞いてくれ。 ここにいる五人の男たちは隣村に移住することになった」
ムラトをはじめ腕の立つ男性の内、まだ独り身の男性ばかりが選ばれている。
そして、秋の市でアカクの嫁とその付き添いの女性がこちらに来ることも発表された。
「よろしく頼む」
これらは村同士の取引であり、村長の命令である。
一度決まったものは取り消せない。
シューゴは家に戻ると、空き地から立派な庭になった裏口でうずくまる。
シューゴにとってムラトは、ただひとりの頼れる味方だった。
「シューゴ」
いつの間にかムラトが来ていた。
「ムラトさん」
「泣いてないな、偉いぞ」
顔を上げるとグリグリと頭を撫でられる。
ムラトはシューゴの隣に座った。
「シューゴ、覚えてるか?。 お前は外の世界でもやっていけると言ったことを」
「うん」
シューゴは頷く。
でも勝手に村を出ることは出来ない。
村長である父も許可するはずがなかった。
「それなんだが」
ムラトは一枚の紙をシューゴに渡す。
「もしシューゴが本気で村を出る気なら参考になると思う。 これを実行するかどうかは、お前次第だ」
傭兵時代に培った知識で考えた方法だと言う。
そして、頭に叩き込んだら、この紙は燃やしてしまうようにと強く言った。
「今までありがとう」
「じゃあな、シューゴ。 また会おう」
隣村との交流の時に護衛に選ばれれば、またシリエスタル村に来ることもあるだろう。
ムラトは明るく笑って去って行った。
秋になり、長兄アカクの婚姻式が無事に行われた。
美しい義姉に次兄フタオはポーッとしている。
「父さん、オレも早く嫁が欲しい」
フタオは来年、二十歳になる。
「ああ、ちゃんとお前にも話は来ておる」
「ほんとか?!」
村長の次に偉いのは、村の財政を取り仕切っている文官である。
その娘が次兄フタオの嫁候補だった。
「えー……」
だが、兄嫁ほど美人ではない。
女性の好みも父親に似たフタオは難色を示す。
「贅沢を言うな」
父チュージから拳骨が落ちた。
長兄が母屋から新婚用の別棟に移ったため、子供部屋は三人になった。
別棟の家事は兄嫁が連れて来た老婦人が担当するため、シューゴの仕事は今までと変わりない。
ただ時々、兄嫁がシューゴのところに来るので困っている。
「なにか?」
「お手伝いさせてください」
(母さんが好きなら治療院に行けばいいのに)
しかし、治療院は怪我人か病人じゃないと入れてもらえない。
だからといって付き纏われるシューゴは、夫である兄アカクに剣の指導という体裁の折檻を受け続けることになる。
堪らなくなって父チュージに直訴する。
「兄嫁が僕の家事に興味があるようなんですが」
正直、邪魔で仕方ない。
「自宅ではやらないのか?」
チュージは妻のシリエスタルに訊ねる。
「ご自宅には使用人がいますから」
シューゴは頷く。
「では、家事の練習にフタオのお相手もお呼びしましょう」
シリエスタルの提案で何故か出入りする女性が増えた。
「わたし、ずっとシューゴさんとお話してみたかったんです!」
(えーーー)
また問題が増えたようだ。




