4・職業組合での話
「ウワーッ」と女の子が泣き出す。
兄妹の家庭は貧しく、病気の祖母と酒飲みの父親がいるそうだ。
母親がどれだけ働いても稼ぎの大半は薬代と酒代に消える。
長子である姉が、子供ながらにあちこちで働いた小遣いで家計を支えていた。
だが、とうとう父親の借金の形に娼館で働くことになったという。
「でも、お姉さんは街の中にはいるんだね」
シューゴは優しく女の子に話しかける。
「うん」
「なら、大丈夫だ」
シューゴはニコリと微笑む。
「生きてさえいれば、いつかお姉さんは帰ってくるよ」
「うん、うん」
子供たちは少しだけ微笑んで帰って行った。
職業に貴賤はないとシューゴは思っている。
家のために娼館で働いているなら、それはそれで立派なことだ。
父親はクソだが。
空き地で子供たちを見送った後、シューゴはようやく決めた。
「よし、飯は組合の食堂にしよう」
街の外での仕事中はずっと自炊なので、戻って来ると他人の作ったものが食べたくなる。
シューゴは、この街に来てからずっとお世話になっている職業組合に向かうことにした。
門の近くにある組合の建物の裏手には、大きな倉庫と職の無い者たちが申請すれば無料で泊まれる宿舎がある。
この街に来た当時、シューゴはありがたく利用させてもらっていた。
誰でも使える井戸は今でも利用している。
ポンプで水を汲み上げ、盥に溜めた水で顔を洗う。
「飯の前に洗濯かな」
今日は晴れ。
この地方は雨が少なく洗濯日和が多い。
シューゴが不思議な力を使えば綺麗にはなるが、時間があるなら自分でやりたいことの一つである。
【収納】から桶や石鹸を取り出して仕事着と下着をゴシゴシと洗う。
たっぷりの水で何度も濯ぐ。
庭の立木と建物の間を繋ぐ丈夫な紐に洗濯したものを干す。
これで夕方には乾くだろう。
倉庫から高齢の男性が出て来た。
「お、シューゴか」
「こんにちは、シンゾーさん」
組合の倉庫の管理人シンゾー老人である。
シューゴたちが収集した物を引き取ったり、採集の仕方を助言したりしてくれる熟練の職員だ。
「昨日の成果を見たが、だいぶ腕を上げたな」
「ありがとうございます。 シンゾーさんがいろいろと教えてくれたお蔭ですよ」
「そんなこたねえよ。 シューゴが頑張ってるからさ」
褒められるのは嬉しいが、なんだか気恥ずかしくなってシューゴはヘラリと笑う。
シンゾー老人から逃げるように裏口から組合の建物に入ると女性職員のナナエがいた。
「あら、シューゴくん。 洗濯?」
家出少年だったシューゴにとって、宿舎や仕事を斡旋してくれた受付のナナエ嬢は恩人である。
「あ、はい。 こんにちは、ナナエさん」
きちんと挨拶をしてから事務所奥にある食堂に向かった。
食堂は建物内の一角にあるが、経営は組合とは別になっている。
「親父さん、こんにちは」
店主のホーダツに挨拶する。
「おう、帰ってたのか。 いつものでいいか?」
「はい。 お願いします」
中途半端な時間なので客の姿は少ない。
厨房に近い席に座ると、奥にいた店員からも「いらっしゃい」と声を掛けられた。
シューゴは、この食堂で働いていたことがある。
その時、毎日色々な人々が職業組合に出入りする様子を見ていた。
その中に『収集屋』と呼ばれる、主に短期の依頼で日銭を稼ぐ者たちがいた。
一日中、街の外で依頼品を採集する大変な仕事である。
だが、街の人々にとって必要なものを持ち帰って感謝される姿にシューゴは憧れた。
いつかやってみたいと思っていたが、思わぬ経緯で食堂をクビになり、それをきっかけにシューゴは収集屋として働き始めたのだ。
「シューゴ。 やっぱり、ここか」
食事をしているとリーがやって来た。
シューゴの隣に腰掛け、自分も同じものを頼む。
「リーが仕事以外で組合に来るのは珍しいね。 どうしたの?」
今日と明日『収集屋』は休みだ。
「実は昨夜」
リーは酒場で絡まれた話をする。
「余所者を返り討ちにした、いつもの自慢話?」
シューゴは笑いながら食事を終え、食器を片付け始める。
「そうじゃねえよ」
ーー街の外に出るなら気を付けろーー
「って、言われた」
リーは小柄な体に似合わぬ大食だ。
一気に食事を掻き込む速さも段違いである。
早々に平らげ、その男から聞いた話をする。
相手の男はアヅの街より東から来たそうだ。
「盗賊の一団がこの辺りに逃げ込んでいるらしい」
男は被害者に雇われた私兵だった。
「……北の森か」
シューゴは呟く。
犯罪者が逃げ込めるとしたら、そこしかない。
アヅの街の周辺は、北にある森以外はあまり起伏のない平原が多い。
隠れる場所がないのだ。
「組合の人に話した方がいいな」
森へ行く収集屋や狩人がいるので、注意を促してもらった方がいい。
シューゴとリーは一緒に組合の受付に向かう。
「あのー、ナナエさん」
「あら、二人ともどうしたの?」
リーは酒場で大男から聞いた話をする。
「まあ、盗賊が。 分かったわ。 役人にも確認して組合長に伝えておきます。 二人も気を付けてね」
「はい」「おう」
そう答えた後、シューゴはいつものように壁に貼られた求人掲示板を見に行った。