29・別れの後
第一章、最終話になります
次は間話です
「どういうことなんだい?」
チエルは祖母にどう言えばいいか迷った。
「実は」
借金を肩代わりしてくれた男性がいると話す。
心配する母親はどんな人なのか聞いてくるが、
「もう少ししたら紹介するわね」
と、誤魔化した。
「悪い人ではないの。 お祖母ちゃんの薬の作り方を教えてくれた人よ」
チエルはシューゴを恩人であり恋人として、いつか家族にも紹介しようと思う。
その前にお礼を伝えなければ。
「ふうん。 のっぽのおにいちゃん、失恋かー」
妹が「かわいそう」と呟く。
「あ、あのね。 その人がー」
顔をほんのりと赤くしたチエルが、シューゴの話をしようとすると弟が先に口を挟む。
「ああ、大丈夫だ。 あの背の高いにいちゃんなら、もういないし」
と、妹に向かって言った。
「え?、いないって」
チエルが訊くと弟はポケットから紙を取り出す。
「これ、くれたんだ。 昨日」
それはこの街の周辺で採れる薬草の場所が書かれた地図だった。
「にいちゃん、収集屋なんだろ?。 それが商売用の大事なもんをオラに預けるなんて変だよ」
チエルの弟はまだ簡単な文字しか読めない。
そんな相手にそれを渡すのはどう考えてもおかしかった。
「いつもの空き地にはいなかったし」
いくら待っても現れない。
弟はシューゴはもう仕事のために外に出たのだと気付いた。
「昼頃に門番のとこに行ったんだ。 にいちゃんが外から帰って来たら渡してもらおうと思って」
しかし、事情を聞いた門番はその紙を弟に返す。
「今朝一番の王都行きの馬車に乗ってたよって門番のおっちゃんが言ってた」
「え」
チエルの動きが止まる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なあ、シューゴ。 本当に良かったのか?」
リーは乗り合い馬車に揺られながらシューゴに話し掛ける。
シューゴは馬車の壁に寄り掛かったままウトウトしていた。
昨夜はほとんど寝ていないらしい。
夢でも見ているのか、幸せそうにまどろんでいた。
リーは、そんなニヤけた顔のシューゴに眉を顰める。
「お前さあー」
「いいんだよ、これで」
シューゴは目を閉じたままポツリと答えた。
そうして、もう邪魔をするなというように顔を背けて寝息をたてる。
リーは不思議で仕方がない。
シューゴの娼館通いは自分の金だし、自由にすれば良いと思っていた。
それが、事情を聞くと相手は知り合いで、彼女を助ける計画まで立てていたのだ。
どうみてもシューゴはその娘に惚れている。
なのに別れを選んだ。
それほど惚れていなかったのか。
いや、だとしたら有り金を使い果たす意味が分からない。
「いったい、彼女のためにいくら使ったんだよ」
「さあ?」
シューゴはリーや娼館の支配人に計画を話し、全ての金を費用として渡した。
自分が街を離れた後も彼女の一家に不自由な思いをさせないように手はずも整えている。
リーは呆れてものが言えない。
今のシューゴは間違いなく、いつも通りスッカラカンだ。
食料や最低限のものは【収納】しているから生活は出来るとしても、あの金があればもっと楽な暮らしが出来たはずなのに。
それこそ、王都に行くつもりなら、そこでの生活のための金を残しておかなければならないんじゃないのか。
「なんでシューゴはそんなことに大金を使えるのさ」
リーだって、たまに贅沢に酒をたらふく飲んだり、高級な宿のふかふかのベッドで寝たりするのを楽しみにしている。
しかし、シューゴはあまりそういった自分の娯楽のために金を使うことがない。
干し肉や薬は自分のためというより仕事に必要なものだし、購入する魔道具も実際に仕事で使えるものばかりだ。
「どうしてお前は、自分から幸せを手放すようなことをするんだ」
リーは何故か悔しくて唇を噛む。
やがて馬車は次の街に到着した。
主な街から街へと移動する乗り合い馬車は護衛付きで、最大八人の客を乗せる。
休憩しながら一日中揺られ、夜になれば客は馬車と提携している宿に泊まり、翌日、また馬車に乗り込んで出発。
そうやって、いくつかの街を経由し、王都までは十日以上かかる予定だ。
アヅの街から王都に向かい、三日目の夜。
御者は客を降ろして挨拶する。
「本日はこの街で泊まりになります。 明日の朝、またここでお待ちしておりますので、出立の時間に遅れませんよう、おいでください」
近くの食堂で夕食の後、リーは宿の前でシューゴに向き合う。
「じゃ、俺はここから山に入るから」
と、リーはシューゴに別れを告げる。
この街が一番、故郷の山に近い。
「分かった。 リーが戻って来たら王都に向けて出発しよう」
シューゴの言葉にリーは驚く。
「え、この街で待ってる気なのか?」
このままシューゴは王都に行くのだと思っていた。
シューゴは微笑む。
「僕は、本当はアヅの街を出ればそれでいいと思ってた」
有名になり過ぎたから、もうあの街には居られない。
見つかりたくない人たちに見つかってしまうかもしれないから。
「でも、リーがいたら何処に行っても楽しいと思って……だから馬車を二人分予約したんだ」
あれだけ大金が入ったら、リーはきっと故郷に届けに行くだろうと予想して、どうせなら一緒に行きたいと思った。
王都でなくてもいい。
図々しい願いかもしれないが、途中までならリーも許してくれるだろう。
リーはポカンとシューゴの顔を眺めていたが、しばらくしてニカッと笑った。
「俺は故郷の村に行っても、必ずアンタのいる所に戻るよ。 アンタがいれば面白いから」
シューゴもニカッと笑う。
「じゃあ、僕はこの街で収集屋をしながらリーの帰りを待ってるよ」
「分かった!。 必ず戻って来るからな」
「あはは、急がなくてもいいよ。 何年ぶりかの故郷だろ。 ゆっくりして来い」
「うん!」
リーは手を振ると、山に向かって走って行った。
「おいおい、もう行くのか。 夜だぞー!」
苦笑しながらシューゴも手を振った。
〜 第一章 完 〜




