27・恋人たちの夜
その夜、シューゴは再びチエルのいる娼館の前にいた。
「これはこれはシューゴ様。 どうぞ、中に」
支配人コロクが満面の笑みで迎える。
「すみません。 支配人と二人で話がしたいのですが」
「おや、私とですか?。 構いませんよ」
小窓の付いた扉を開けて中へ招かれた。
用心棒がお茶を運んで来て、そのまま扉の横に立つ。
シューゴはドサリと報酬の入った袋をコロクの前に置いた。
「先日教えていただいた金額に上乗せしています」
チエルをこの娼館から解放する額は聞いている。
後腐れがないように金額を増やした。
「あの娘を買い取ると?」
「いえ」
シューゴは首を横に振った。
「彼女を家に返してください」
それだけでいい。
「は?」
コロクは目を丸くした。
シューゴは別にしておいた小袋を取り出して、コロクの前に押し出す。
こっちは以前に払った情報料の小袋と同じくらい。
「それと、もうひとつお願いがありまして」
シューゴは自分の計画にコロクを巻き込むことにした。
「は、はあ」
最初は驚いていたが、コロクは最後までちゃんとシューゴの話を聞いてくれた。
「ふむ、分かりました。 上手くいくかどうかは分かりませんが、力をお貸しいたしましょう」
そう言ってニヤリと笑った。
「感謝します」
シューゴが娼館の支配人に対し、最上礼を取る。
「やめてください、シューゴ様。 その分の謝礼はいただきますので」
シューゴはやはり金の威力はすごいと思った。
話が終わると用心棒がチエルを呼びに行く。
大部屋で討伐隊の男の一人と話をしていたチエルは、声が掛かるとすぐに立ち上がる。
今まで話していた男には見向きもせず、廊下に出て来た。
「こんばんは」
「シューゴ、様。 もう来ないかと」
目が少し潤んでいる。
チエルはシューゴの腕に自分の腕を絡ませた。
「どうぞ、こちらに」
腕を引っ張られ、チエルと一緒に歩き出したシューゴは、チラリとコロクを振り返る。
コロクは笑顔で頷いた。
若い二人が階段を上り、姿が見えなくなるとコロクはため息を吐く。
「近頃の若えヤツは何を考えてやがるんだか」
「金回りがいいと頭がおかしくなるんでしょうよ」
用心棒の男は、さっきのシューゴの話を思い出して苦笑する。
「仕方ねぇ。 金をもらったからには仕事だ。 頼んだぞ」
コロクの指示に用心棒が頷く。
「へい。 ちと行ってまいりやす」
用心棒は夜の飲み屋街に消えて行った。
チエルの部屋に入ると、テーブルにはすでに飲み物が用意されていた。
おそらく、客を取ることが決まっていたのだろう。
シューゴは目を逸らす。
「あの薬は使ってみた?」
話を振るとチエルは嬉しそうに微笑む。
「ええ、勿論よ。 見て!。 肌がすべすべになったの」
目の前にチエルの細い華奢な腕が差し出される。
「とてもきれいだ」
その手には触れずに、シューゴは細い目をさらに細くして笑った。
「ちゃんと家にも帰ったわ。 お祖母ちゃんに薬も渡せたし、お母さんと二人で薬草の水に手を浸したりしたのよ。 そしたら、手荒れが治った上にツルツルになったの」
「それは良かった」
薬は使う人によって合う合わないがある。
チエルたち親子の肌に合ったということだ。
チエルはシューゴをベッドに座らせ、用意していた飲み物を渡す。
「ん?、注文してないけど」
「祝い酒よ。 今日は討伐隊が報酬を受け取る日だから、店でも盛大に祝うことになったの」
この酒は支配人が用意した贈り物らしい。
「乾杯しましょう、はい」
カンッと銀のゴブレットを打ち合わせる。
この銀食器だけでも高価だと分かるが、酒も高そうな味がした。
まあ、今夜はその元が取れると分かっているからだろう。
「美味しい」
シューゴが呟く。
「良かった。 もっと飲んで」
チエルが張り切って酒を注ぐ。
シューゴを酔わせる気らしい。
「じゃあ、君も一緒に飲んで」
シューゴも注ぎ返す。
酒だけでは体に悪いからと、シューゴは干し肉を取り出した。
口に入れたチエルが不思議そうに訊ねる。
「美味しいけど、何の肉?」
柔らかい食感なのに弾力があり、噛めば噛むほど味が滲み出る。
「えっと。 さっき肉屋のおじさんにもらったんだ」
実は大蛇の肉で作られた干し肉である。
毒蛇だというと心配されるためシューゴは誤魔化したが、実は珍味として金持ちには高く売れるらしい。
その売上金も一緒に受け取って来たのだが、それはもうコロクに渡してしまった。
ベッドに座り、たわいもない話をしながら飲み続けた。
「うふふふ」
次第にチエルの顔が赤くなり、目がトロンとしてきた。
「あのね、今夜は逃さないわ」
チエルは二度も機会はあったのに、何も出来なかったことを悔やんでいた。
「あっ」
チエルはシューゴの唇に自分から口付けする。
今夜はシューゴも覚悟を決めて来た。
「あの。 チエル、その、避妊とかはー」
「馬鹿ね、ここは娼館よ。 しっかり薬は飲んでるわ」
「そ、そうだね」
シューゴはチエルを前に真剣に頭を下げた。
「ごめん、初めてなんだ。 どうしたらいいか、何も分からない」
と、正直に話す。
チエルは酒に酔った赤い顔で嬉しそうに笑う。
「まあ、それは良かったわ。 私にもあなたに教えてあげられることがあって」
そう言って彼女から体を寄せて来る。
シューゴは固くなった体を彼女に任せることしか出来なかった。




