2・ふたりの日常
リーは裏通りにある酒場に入った。
組合では精算に時間がかかったため、もう夕飯の時間である。
「おっ、リー!。 久しぶりだな」
「久しぶりって、いつも通り三日で帰って来たじゃねえか。 おじさん、今日のお勧め一つね。 それと酒!」
そんなに広くはないが賑やかな店。
リーはいつもの席に座った。
「はいはい、まずはホイッ」
酒が入った大きなコップがドンッと目の前に置かれる。
「わーいっ!」
リーがカップを掴もうとすると誰かがそれを取り上げた。
「おい、子供がこんなとこで何してやがる」
大柄で大剣を担いだ男だった。
この街にはまだ着いたばかりらしく、旅の疲れが顔や服装で分かる。
「あー?。 おっさんの目は節穴か」
リーは大男に負けないくらい大声で威嚇した。
小柄で童顔のリーは、実年齢よりかなり若く見られることが多い。
「子供のくせに」と酒を飲むのを止められるのはしょっちゅうだ。
「じゃあ、俺と勝負すっか?。 その子供に負けたらここは奢りだぞ」
ニヤリと口元を歪めて大男を見上げる。
「ああ、いいぞ、坊主」
「うるせー!。 ちゃんと成人しとるわっ」
リーは悪態を吐きながら大男と共に外へ出る。
見物人たちも二人を追いかけて、イソイソと酒場裏の広場に向かった。
木剣が用意されていることからも分かる通り、それはいつもの光景だった。
勝つのは決まってリーである。
「な、なんでこんなチビに」
腕に覚えがあった大男は店に戻っても信じられないという顔をしている。
「ガハハ、黙って払いやがれ」
リーは上機嫌で飯を食う。
「毎度ありぃ」
大男から金を受け取った酒場の店主は小声で忠告する。
「あいつに絡むのは止めときな、旦那」
大男は注文した酒を受け取り、ちびちびと飲みながら店主を見る。
店主はリーがこちらを向いていないことを確認し、声を潜めた。
「ありゃ、リーってんだ。 見かけはガキだが、えらく腕が立つ」
「そんな奴がなんでこの街に?」
「さあな」
と、店主は笑う。
その頃、シューゴは肉屋の裏にいた。
「こんばんは、おじさん」
「おや、シューゴ。 お帰り。 いつもの出来てるよ」
「ありがとうございます。 おじさんの干し肉はいつも美味しいです」
「あははは。 そりゃ、アンタがうちに卸してくれる肉が良いからさ」
シューゴは薬草の採取のついでに小型の獣を狩る。
収集屋を始めた頃は、それをこの肉屋に持ち込んでは解体の仕方を習っていたのである。
解体した肉は、そのまま次回の仕事に必要な分の干し肉に加工してもらう。
加工の仕方も習っているが、なかなか店主のようには上手くいかない。
余った肉は買い取ってもらい、干し肉とその加工手数料分を差し引きする。
最近はシューゴの腕も上がり、解体済みのものを持ち込んでいた。
「では、今回の分です。 また次回の収集の後に寄りますのでお願いします」
「分かったよ。 ほい、前回預かった肉を加工した分、持って行きな」
「助かります」
シューゴは持ち込んだ肉の買取代から加工手数料を支払って干し肉を受け取る。
店主に見送られながら店を離れた。
次に、シューゴは薬屋を訪ねる。
薬屋の受付台でお婆さんから新しい瓶入りの薬を受け取り、引き替えに薬草と空の薬瓶を渡す。
これは組合からの依頼とは別の希少な薬草だ。
直接、お婆さんに頼まれた分である。
そして、ここでも納品した薬草の代金と受け取る薬瓶の差額を支払う。
「いつも助かります、お婆さん」
「いや、助かってるのはこちらだよ、シューゴ。 滅多に入らない薬草もあるからね。 だけど、無茶だけはするんじゃないよ」
薬屋のお婆さんはシューゴを労る。
「はい。 気を付けます」
シューゴは深く礼をして店を出た。
次に、閉まりかけた店に滑り込む。
「こんばんは、店員さん」
「お、シューゴさん、いらっしゃい」
ここは装備屋でもあり雑貨屋でもある。
一般的な古着や下着、テント等の雑貨だけでなく、武器や防具も揃えていた。
もっとも、ここで扱っている装備は本格的な戦闘用ではない。
収集屋や、農家、酪農家など、街の外で仕事をする人たち向けで、せいぜい怪我をしないという程度のものだ。
シューゴは目新しい商品を見るのが好きで通っている。
「はい、これ。 この間買った新品を使用した結果です」
最近では新しく入荷した物を買う時、使用した感想を教える約束で値引きしてもらっていた。
「ああ、助かるよ。 新しい物ってのは使ってみないと良し悪しが分からなくてなあ」
前回購入した革のブーツ。
水を通さないという触れ込みだったが、靴底と革の継ぎの部分から少し水が染み込んだ。
「何か新しいものは入ってますか?」
「そうだな。 魔道具の新しいのはあるが、ちょっと高いぞ」
魔道具とは魔獣から採れる貴重な魔力石を動力としている道具だ。
当然、お高い。
「見せていただけますか?」
「ほれ。 安定して鍋も乗せられる、しっかりした造りのコンロだ」
両手に乗るほどの大きさの長四角の分厚い煉瓦。
その横には火付口があり、種火を点けるだけであとは魔力石が火を持続させる。
「へえー。 いいですね、いちいち石を積み上げて竈を作らなくて済むなんて」
屋外で食事を作るのに便利そうだ。
シューゴは懐具合を計算しながら購入を決める。
売値より少しだけ安く買えたが、すでに懐は寒い。
「ありがとうよ。 また感想を頼む」
シューゴは「はい!」と品物を抱えて店を出た。