112・恋する条件
リーが女性相手に剣を振ることは滅多にない。
壁際まで下がった見学者たちは息を呑み、成り行きを見守っている。
「じゃあさ、お前さんは何が欲しいんだい?。 まさか、アタシの体、とか言わないだろうね」
エリエがクスクスと笑う。
「それもいいなー。 まあ、無理にとは言わないが」
リーはそう言って手招きする。
「まーったく、男ってのはしょーもねぇーなあ!」
口汚く吐き捨てたエリエは駆け出し、リー目掛けて木剣を斜めに薙ぐ。
カンッ、という音とともに風が巻き起こった。
「意外と堅いね」
エリエの顔が歪む。
その勢いのまま木剣で受け止めたリーは、何が嬉しいのかニコニコしている。
「そっちは見た目より柔らかそうだ」
「なんだ、気持ち悪いな!」
エリエはさらに力を込めて打ち付けるが、堅いだけの手応えしかない。
「フフッ。 ではそろそろ、こちらから行くぞ」
グッとリーが一歩前に出た。
エリエは咄嗟に体の正面に盾になるように剣を立てた、と同時に吹き飛ばされる。
「うぐっ」
剣ごと床に転がる。
「あれ、普通なら壁にぶつかるまで飛ばされるのに」
壁際からヒソヒソと話す声が聞こえた。
「女だから遠慮したってこと?」
ユラリとエリエが立ち上がる。
「いいや、そんなつもりはない。 アンタの踏ん張りのせいだろ」
「嘘を吐くな!」
再びぶつかり合う。
「ホントだって。 俺はちゃんと本気でやってるよ」
(いつもと違って)という心の声は口にはしない。
何度、打ち合ってもエリエはリーには敵わない。
「ハアッハアッ」
やがて、疲れ切ったエリエが座り込む。
「アタシの負けだ。 勝てる気がしねえ」
「じゃ、一つ、頼みを聞いてもらおうかな」
「好きにしな」
リーは優しく微笑み、壁際で見学していたサンタンを手招きして呼ぶ。
「教会警備隊のトォモルさんに伝言を頼む。 戦棍の指導をしてほしいから誰か送ってくれって」
シューゴたちとトォモルは、二年前の迷宮調査以来、なんとなく付き合いが続いている。
「はいっ」
サンタンが出て行くと、リーは、
「みんな、手を止めさせてすまない。 訓練を続けてくれ」
と、その場にいた者たちに再開を促した。
そして、模擬用の武器の中から戦棍を取り出しエリエに渡す。
「アンタにはこっちのほうが合うと思う。 使ってみてくれ」
「あ、ああ」
エリエは戸惑いながら受け取る。
「残念ながら、俺にはコレの指導は出来ないから他の者を呼んだ。 少し待ってくれ」
「……分かった」
実際には、エリエが傭兵時代に使っていたのは戦斧だった。
古来より武器としての鈍器は、戦棍は教会警備隊が、その他の兵士は戦斧を使う者が多い。
どうやら戦棍は『神力』と相性が良いらしい。
エリエがブンッと振り回すと、もう手に馴染んでいるのが分かる。
(なんてこった。 見抜かれてるとはな)
エリエは、やはり長剣より鈍器がしっくりくる。
戦棍の素振りを眺めながら、リーはエリエの姿に見惚れていた。
ふいに訓練場がザワザワとする。
「リーくん」
「あれ?、トォモル隊長。 どしたんすか」
トォモルは呆れた顔になる。
「そちらに呼び出されたのだがな。 まあいい。 それで?、指導してほしいというのは、あのお嬢さんかな」
壁に寄りかかって眺めていたリーの隣りで、トォモルも一緒になってエリエを観察する。
「あー、はい。 すんません、勝手なお願いしちゃって」
「いやいや、リーくんの頼みなら何でも」
トォモルは人好きのする笑顔で不気味なことを言う。
リーはゾッとして一歩離れた。
「わはは、たまたま時間が空いていただけだよ」
とりあえず様子を見に来てくれたらしい。
素振りを終えたエリエを呼び、トォモルを紹介する。
「教会警備隊の隊長さんだ。 戦棍の使い手だから指導してもらうといいよ」
エリエは頷き、トォモルに向かって恭しく礼を取る。
「よろしくお願いします」
今までとは違う、しおらしい姿にリーは驚いた。
「なによ」
不貞腐れたエリエに、リーが笑う。
「なんか可愛かったからさ」
「か、可愛いっ?」
言われ慣れていないせいか、揶揄われたと怒るエリエはプイッと顔を背けた。
「おや、嫌われたみたいですな」
「あはは」
リーとトォモルは顔を見合わせて笑った。
トォモルは、エリエに指導は必要なさそうだと言う。
「他国から来た元傭兵だとか。 指導より実践が良いのではないか」
西の職業組合で仕事を斡旋してもらうか、兵士組合に登録したらどうかと進言された。
「いや。 俺は彼女を手放す気はないから」
トォモルはリーの言葉に一瞬驚き、口元だけで笑う。
「そういえば、シューゴくんはまだ引き篭もっているのかな?」
「あー。 アイツなら今日は女の買い物に付き合ってるよ」
「ほお?」
トォモルは眉を寄せ、渋い顔になる。
「アヅの街からシューゴの友人の女性が来たんで、うちの貸し部屋を使ってもらうことにしたんだ。 それで必要なものを買い出しに行った」
エリエは彼女の護衛としてついて来たと話す。
「ふむ」
どうやらシューゴについては問題あり、のようだ。
トォモルは「では」と立ち去るその前に、一言残して行った。
「そろそろ今年の迷宮調査が始まるようだ。 二人とも呼ばれるだろう。 出来れば、今回は参加してもらいたい」
リーはトォモルを見送る。
どうやら、それを伝えるために来たようだった。




