110・泣かせた男
エリエは、本来なら護衛の仕事は王都に着いた時点で終了している。
チエルのことが心配だったとしても、シューゴに出会ったのだから安心して預けても良かったのだ。
しかし、エリエはそうしなかった。
それはチエルを泣かせた男に、どうしても一言言いたかったからだと言う。
「お前さん、なんであの娘を連れて行かなかった」
シューゴは答えられず、目を逸らす。
「あの娘はアヅの街で苦労してたぞ」
最初は娼婦たちが憧れるほどの美談だと思われたが、大金を払った恋人が見当たらない。
しばらくすると「男に逃げられた女」と噂されるようになった。
「慰めてやろうかー」
娼館に勤めていた女だと軽くみて、ちょっかいを掛けてくる男が増えたという。
エリエは、街で襲われかけたチエルを助けたことが縁で知り合った。
「結局、お前さんがいなくなったせいで、チエルはどん底に落とされちまったんだ」
シューゴはきつく手を握り込んだ。
「それは……」
知らなかった。
シューゴは、生活の心配さえなければ家族共々幸せに暮らしていけると思っていたのだ。
そこへ、リーが部屋に戻って来る。
「なんだよ、それ。 逆恨みか?」
どうやら聞こえていたらしく、椅子にドカリと座るとエリエを睨んだ。
「シューゴはチエルさんのために出来るだけのことをした。 その後のことは彼女が勝手に期待してただけだろ」
「リー、いいんだ。 勝手にやったのはこちらだ」
シューゴは強張った笑みを浮かべ、エリエに話の続きを促す。
「チエルはさ、お前さんが残した収集屋の仕事をがんばってたんだよ」
せっかくシューゴが残してくれた収集のやり方を受け継ぎたいと言って。
「あの娘の弟と一緒にやってたんだが、弟が役所に採用されてさ」
シューゴが世話になっていた地下水路掃除の街役人が、チエルの弟に声を掛け、彼の友人たちもまとめて雇ってくれたそうだ。
街の外の採集より街中の方が安全だと、組合や親たちからも勧められたという。
弟の手の空いている時しか街の外に出られなくなったが、チエルは採集に拘った。
「一人でも行くと言うから、アタシが護衛に雇われたのさ」
組合からの提案だった。
街中でも男たちに目を付けられているチエルを一人で外には出せない。
女性であり腕の立つ護衛として、エリエのところに仕事の話がきた。
「それから一年以上、あの娘と付き合ってきたけど、チエルはいい子だよ。 頭も回るし、愛想も良い。 まあ、多少頑固なとこはあるけどさ」
と、苦笑する。
普通の収集屋は日銭を稼ぐくらいしか出来ない。
そんな収集屋が護衛を雇えば、収入が減るのは当然である。
「そんな中でお前さんの王都での噂が流れて来てさ。 あの娘の涙を見た時、アタシはどうしてもはっきりさせたくなったんだ」
チエルに対する愛情はなかったのか。
どうして、いなくなったのか。
「ちょっと待て。 なんだ、その噂ってのは」
リーが焦って訊ねる。
「お前さんら、王宮の地下迷宮で活躍したらしいじゃねえか」
「はー、それがアヅの街まで届いたのかー」
リーはため息を吐く。
「名前は出てなかったけど、お前さんたちで間違いないだろうって組合の連中が口を滑らせてさ。 それでチエルを泣かせちまって。 組合の連中も王都に行くことに協力してくれたよ」
アヅの街の職業組合は一計を案じた。
シューゴの採取のやり方を文章にまとめ、それを『収集屋の初心者用指南書』として正式に登録することにしたのだ。
「その書類一式を王都の組合本部に届けるっていう仕事を作って、チエルに頼んだのよ。 アタシはそれの護衛で組合に雇われたってわけ」
「なるほどな」
リーはウンウンと頷く。
「アンタの話はよーく分かった。 だが、後はシューゴとチエルさんが決めることだ」
「ああ、そりゃあそうさね。 アタシはもう口出しする気はねえよ」
本人の前で言いたいことを言ったらスッキリしたらしい。
「じゃあ、エリエさん。 アンタの護衛の仕事は終了したんだろ?。 この後はどうする気だい」
リーの問いにエリエは「うーん」と考える。
「急いで答えを出す必要もないだろ。 このままここで生活しながら、やりたい仕事を探したらいい」
シューゴは、チエルもエリエも同じだと言う。
「雇兵の仕事ならリーが詳しい。 しばらくは手伝ってくれると思うよ」
「だよな」と、リーを見る。
酔いなのか、照れなのか、ほんのりと顔を赤くしたリーがニカッと笑う。
「ああ、なんでも訊いてくれ」
「分かった。 よろしく頼む」
そう言ってエリエは部屋に戻って行った。
部屋を片付けるシューゴにリーが話し掛ける。
「あのさ、シューゴはチエルをどうするの?」
「どうって」
「夫婦になるのか?」
シューゴは洗い物の皿を取り落としそうになった。
「それは出来ない」
シューゴの即答にリーは首を傾げる。
「どうしてだ?」
「私は、家族を作りたくないんだ」
家族を捨てた自責が、未だにシューゴに重くのしかかっていた。
そんなことは知らないリーが明るく言う。
「ふうん。 じゃ、友人ならいいんだな」
「ああ」
シューゴは無表情で答える。
「じゃあ、あの二人は同居する友人ということにしておくぞ」
明日は組合に彼女たちを連れて行く。
もし関係を訊ねられたら、そう答えることにする。
「うん」
シューゴは複雑な顔で頷いた。




