108・幻と現実
シューゴは、その女性を見た時、きっと見間違いだと思った。
見覚えのある女性が動いて、歩いて、何か話をしている。
(ああ。 これはきっと幻に違いない)
彼女はアヅの街にいるはず。
(そうだよな。 おそらく今頃は私の知らない友人も出来ただろう。 そして一緒に旅なんかして。 若いし、もう借金もないはずだし、好きな所へ行けるから)
そんなことを思いながら、ぼんやりと眺めていたら、ふいに目が合った。
彼女がこちらを見ている。
じっと。
そうして、唇が震えて言葉を溢す。
ゆるゆると足が動いて、ついに駆け出し、こちらに向かって来る。
「シューゴさん!」
(懐かしい声が聞こえる。 これも幻聴なんだろうか)
すぐ目の前にいるのに、何を話しているのか分からない。
シューゴは頭の中が真っ白になっていた。
「おーい、シューゴ。 一旦、外に出よう」
リーの声が割り込んで来る。
(やめてほしい。 今、すごく幸せな夢を見ているんだ……)
シューゴはリーに引き摺られるように裏口から外に出された。
組合の裏通りは人通りも少なくて静かである。
「大丈夫か、シューゴ」
チエルとエリエも出て来て、バタンッと扉の閉まる音がシューゴを現実に引き戻す。
「あ、えっと、すまない。 ちょっと驚き過ぎて思考が追い付かなくて」
シューゴはリーに謝る。
「俺は別に構わないよ。 それより」
「ああ」
シューゴは改めてチエルに向き合う。
「チエルさん」
「はい!、シューゴさん。 私、どうしても会って、お話がしたくて!」
遠いアヅの街からやって来た彼女。
懸命に話をするチエルを少し微笑んで見ている。
シューゴはまだ現実を受け入れられないようだ。
「それはお疲れでしょう。 今日の宿はお決まりですか?」
どことなく他人行儀な、事務的な話し方になる。
「い、いいえ」
その態度にチエルは少し落胆した。
自分と同じように喜んでくれるとは思っていなかったが、心のどこかで期待していたのだろう。
チエルは泣き出しそうになる気持ちを引き締める。
シューゴは、連れらしいエリエにも顔を向けて確認した。
「ああ、まだ決まっていないよ」
「では私の家に来ませんか?。 高級宿のような対応は出来ませんが、部屋は空いています」
「えっ、家?」
チエルとエリエが顔を見合わせる。
「貸し部屋付きの家を買ったんだ。 そっちさえ嫌じゃなきゃ王都にいる間は宿代わりにすればいいよ」
と、リーも賛同する。
「でも」と申し訳なさそうにするチエルに、
「じゃあ、見てから決めると良いでしょう。 すぐ近くだから」
と言って、シューゴは先に歩き出した。
東組合のすぐ近く。
南に向かって緩やかな坂道の途中。
裏通りに面していて、同じような二階、または三階建ての家が並んでいる。
「どうぞ」
短い段差を上がり、飾りガラスの入った扉を開く。
「一階は元々は店舗のようですが、今は入居者はいません」
シューゴは、自分たちは二階に住まいがあり、三階は三部屋を貸していると話す。
「一階の部屋が空いているんです」
玄関奥、店舗部分の裏にある。
「店舗の従業員用控え室だったようで、二人なら広さは丁度良いと思います」
玄関から裏の庭に向かう通路に案内する。
「突き当たりは裏庭に出ます。 左手は作業場や倉庫で、右手の扉が空き部屋です」
そう言って右の扉を開ける。
掃除好きなシューゴは日頃から使っていない部屋も綺麗にしているため、塵一つない。
「休憩所に使われていたようで、今は長机と椅子くらいしかありませんが、ベッドと寝具はこちらで用意しますよ」
「どうでしょう?」と問われ、女性二人は悩む。
「王都で家が買えるなんて立派なもんだ」
エリエは素直に褒めた。
「たまたま良い仕事に当たったので」
収集屋は集める物によって報酬がかなり変わる。
一攫千金もある得る仕事なのだ。
「でも本当にお借りしても良いの?」
申し訳なさげにチエルがシューゴを伺う。
田舎の知り合いという程度の間柄だ。
王都に出て来たばかりでも、自分たちにこんな待遇は勿体無いと分かる。
「私を頼って遥々来てくれたんでしょう?。 それに若い女性には王都は色々と物騒ですから」
前髪に隠れた目は見えないが、口元がニコリと笑う。
「とりあえず、しばらくはここにいたらいいよ」
リーはそう言うと彼女たちの荷物を部屋に入れる。
「金の心配なら、ここから仕事を探しに出ればいい。 組合はすぐそこだ」
「そうだね。 便利だし、静かだし。 チエルさえ良けりゃ、アタシは構わないよ」
エリエの言葉にチエルは頷く。
「では、お言葉に甘えて。 しばらくの間、お世話になります」
シューゴに向かって礼を取る。
「こちらこそ、よろしく」
詳しい話は夕飯を取りながらすることになり、一旦、解散にする。
「あ、そうだ」
部屋を出る前にシューゴが振り返った。
「実はこの地下には浴場があります。 もしよろしければ後でご案内しますから、用意が出来たら声を掛けてください」
「えっ!」
何故か女性たちが食い付いた。
「どこに?」「すぐ入れますか?」
シューゴは先に案内することになった。
階段脇にある通路の奥に地下への階段がある。
「入る時はここに名札代わりの札を下げておきます」
資格証の色を基本にしていたが、変えた方がいいかもしれない。
浴室へ案内後、シューゴはすぐに撤退した。




