103・城を抜ける
その後に駆け付けたのは会場の警備をしている王宮騎士たちである。
すでに剣を抜いているカーマルーを見て羽交締めにした。
「な、何をする!。 こいつは姫様を侮辱した大罪人だぞ」
「していません。 ルルレーシア様にお訊きください」
シューゴが呆れている。
ルルレーシアも頷いた。
「侮辱などされていないわ」
大ごとになったせいか、怒りは引っ込んだらしい。
落ち着いて答えている。
それを見て、見捨てられたと感じて益々叫ぶカーマルー。
「剣を抜いたのは私だけではない!。 黒髪の小僧も捕まえろ!」
カーマルーはそう言ってリーを指差すが、リーの手には装飾品である模造剣しかない。
リーは【金庫】から一瞬だけ愛剣を出したが、すぐに引っ込めたので、気付いたのはカーマルーぐらいだった。
しかし、今の彼には証明のしようがない。
儀礼用の剣は王宮内でも危険なものではないと認められている。
「皆様、失礼いたしました。 わたくしの護衛の勘違いで客人に迷惑をかけてしまったようです」
ルルレーシアは優雅に謝罪の礼を取ると、会場を出て行った。
「ひ、姫様?。 離せーっ!」
騎士の方はそのまま引き摺られて行く。
「いったい、あの姫は何がしたかったんだ」
シューゴは顔を顰めて呟く。
ルルレーシアは、自分の騎士がいない間にシューゴに接触しようとしてきた。
平民であるシューゴに対し、甘い声と煽情的な態度で。
「取り込みたかったのではないですか?」
「トォモル様」
ハツーナの師匠がシューゴに話し掛ける。
今夜の宴は優秀な迷宮調査員たちの慰労と同時に、貴族や行政府の役人に顔を知ってもらう良い機会でもある。
取り入ろうとする者と取り込みたい者の顔合わせの場でもあった。
「なるほど」
ルルレーシアも最初は部屋に呼んで個人的に探り、宴では他の者たちに仲の良さを見せつける。
自分が先に声を掛けたと誇示するために。
「王宮警備の騎士には私から説明します。 任せておきなさい」
トォモルはそう言ってハツーナとシューゴたちを会場に戻す。
シューゴに「弟子を頼みます」と囁いて、自分は騎士たちと共に別室に消えて行った。
王族に対する不敬罪というのは平民には厳しい。
「私たちではどんな拷問をされるか、分かったものではないですから」
シューゴの服を引っ張って、その場所を離れたハツーナが震えながら教えてくれた。
「師匠は貴族家出身なので大丈夫です」
貴族には甘いらしい。
(トォモルさんに、また貸しが出来たな)
シューゴはリーと顔を見合わせ、頷いた。
「では、我々も退場しましょうか」
「えっ」
シューゴはハツーナの手を取った。
リーと三人で会場内をゆっくりと横切って行く。
誰にも気付かれないよう、軽い【認識阻害】を掛けている。
しかし、ハツーナには『神力』の動きを気付かれた。
不思議そうにシューゴを見上げる。
「ここは魔道具は持ち込めないのでは?」
どうやら魔道具の魔力と勘違いしているようなので、それで押し通すことにした。
「ご内密に」
シューゴは口元を軽く歪ませ、片目を閉じる。
悪い笑みにハツーナは胸を押さえた。
三人は無事に通用門に到着し、褒賞でもらったバッヂを見せて無事に王城を脱出。
「東の教会でよければ、通り道ですから送りますよ」
「は、はい!、お願いします」
ハツーナは、そのままシューゴとリーに東の教会まで送ってもらう。
「お疲れ様でした」「おやすみなさい」
「あ、ありがとう」
ハツーナは小さく手を振り、彼らが坂を下って行く後ろ姿を見送った。
東の教会、垣根に囲まれた施設内に入って行く。
ここには保護者から預けられた訳ありの子供たちが暮らす宿舎があった。
「只今、戻りましたー」
小さな声で帰宅を告げる。
ハツーナは足音を忍ばせて、その宿舎内にある自分の部屋に向かう。
「おや、誰かと思えばハツーナさん。 お戻りには少々早いのでは?」
教会の警備を任されている中年の守衛に見つかってしまう。
「ご苦労様です!。 あははは、やっぱりああいう所は緊張してしまってー」
「まあ、そうでしょうが。 お一人ですか。 トォモル隊長はご一緒ではないんで?」
「あー、はい。 お忙しい方なので、他の方に送ってもらいました」
守衛は苦い顔で訊ねる。
「若い男性ではないでしょうね?。 最近、巫女様や女性神官に言い寄る不埒者が増えておりますよ」
「それは大丈夫です。 トォモル師匠の知り合いの方なので」
「そうですか」
まだ納得いかない顔をしていたが、ハツーナは「おやすみなさい」と手を振って離れた。
守衛の心配は過保護というわけではない。
本当に近年、教会関係の行方不明者が増えている。
特に女性と子供だ。
部屋に戻り、着替えたハツーナはベッドに横になって考える。
「師匠なら何か知ってるのかなあ」
トォモルは裏で動いているらしい。
「私が考えても仕方ない」
ハツーナは目を閉じる。
疲れているはずなのに、なかなか眠れない。
閉じた目の奥に薄い金の髪と、今まで気付かなかった薄い青の瞳が浮かぶ。
いつものヘラヘラと胡散臭い笑顔と違い過ぎた無表情。
手には、宴を抜け出す時に掴まれた骨ばった男の手の感触が残っていた。
「ずるいよ。 あんなの」
だが誓約により、ハツーナはその名前を口に出すことも、文字に書くことも出来なかった。




