第96話 虚空描写者と仲間たち
最初にゼガの地の幻視――混入した異世界の記録――を目撃した後、繰り返し異変がブロウを襲った。フォルディアであるにも関わらず、熱帯の風景や空気が混入し、明らかに帝国訛りの人々がそこらを闊歩するようになった。その中でも迷宮守りとしての役割を全うしようと、導灯に手を入れ、〈館主〉よりの探索を手に入れる。
それは、ゼガの地で虚空描写者■■・ネイと共に、墳墓を攻略せよ、というものだった。館主はあくまでフォルディア内での仕事を指定するはずだが、混入した異世界は今ここにあるために、この国の一部と見なされているのか――いや、フォルディアにいるブロウの一部になりつつあると判断されているのか。いずれにしても、この任務を完遂しなければ。
そう思っていると、再び周囲は草に覆われた石造りの墳墓へと変化する。いつ魔物が現れるか分からないので武器を取れ、と命じたのは、ネイの部隊の一員だったが、その細面に見覚えがあった。それは、ガヴィンが迷宮都市ベイリンで組んでいた徒党の一員、〈痩せ身のアガトン〉という迷宮守りだった。
アガトンとガヴィンは何度か迷宮に潜ったが、彼を刃で傷つけたことはなかったので、呼び出すことはできないはずだ。
「たぶん流入の過程で欠けた部分を、あんたの記憶で埋めたってことさね。なんとも珍妙なもんじゃないかい、異世界の記録って奴は」
と言いながら酒瓶を呷っているのは、エルナが最初に手を下した博徒〈逃げ水坂のメイヴ〉だ。
「姐さん、これから探索なんよ、酔ってもらったら困りますわ」アガトンの言葉を気にすることもなくメイヴは更に酒を飲む。ブロウは気にせず、片方のラップローヴを手にする。ネイがやって来て話しかける。
「では探索を開始する前に渦動破壊師メイヴ、王笏棄損員アガトン両名は、まず城塞修復屋アガトクレスに青煙術を施してもらうがいい。その後に微光製造手■■■■より偽装神ヴアルの祝福を受けよ」
城塞修復屋アガトクレスは、全身が亜麻布に覆われた四足獣の姿をしており、貴人のペットとして副葬されたミイラが屍術によって蘇った魔物らしかった。布の隙間に覗く口からは刃のような歯が何本も伸び、時折、地の底から響くような唸り声を発した。恐ろし気な怪物であるが、南塔卿の雷獣に比べれば温厚に思えたし、人外の仲間としては騎士エドゥアルトに比べれば、その容貌も無難であった。
微光製造手として紹介された人物の名は「あにゃうるぇ」とか「ふぁなぶれぇ」とかいう響きで、ブロウの記憶からの生成に何らかの不具合が生じたか、あるいは無作為に文字を組み合わせて間に合わせで名を付けたかのようだった。この人物は威厳ある老魔術師であり、この墳墓で〈捧げられしもの〉を手に入れた暁には、長年の悲願である実家の名誉回復が成されると感慨深げに言っていた。
異世界から流入した際に生じた空白を埋めるため、作り出された仮初の人物であるが、探索の仲間であることに変わりはない。よろしく頼む、あにゃうるぁ殿、と挨拶をするが老魔術師は、我が名は■■■■である、とムッとした顔で訂正した。よく聞き取れなかったが、その不明瞭さも含めた発音なのだろうか。正確にそれを再現することはできそうになかったので、今後は微光製造手殿とだけ呼ぶことにした。




