第95話 束の間の幻視
帝国は大きく分けて三つの気候に分類できる。北部は、写本師ロベールが夢見ていた魔力枯渇地グランダルズを含む荒野。中部は砂丘が連なる砂漠。そして南部は湿地帯と密林。それらが広大な大地に広がっている。
異世界のブロウがいたのは、恐らくは南部であろう。もちろん、大陸全土が迷宮であるコスの地は、局地的に異様な気候である地点も無数にあるので断言はできないが、目指すとすればそこだ。
【■■■年六の月、〈黄昏の宝珠〉を手に入れたのは、■■■■であることで知られるゼガの地であった。虚空描写者■■・ネイの徒党に参加し、草むした墳墓にて我ら、双角竜と交戦す――】
ところどころが染みで読めなくなっている文章が、自らのページに落丁のごとく紛れ込んだ。遠くの世界から融合したために、このような不具合が生じているのだろうか。これは予期せぬ現象なのか、それとも、自分が使い手としてより相応しい力を得るためにラップローヴが起こした事態なのか。
ゼガの地、それはやはり帝国だろうか。灯りが点され、時折、害虫駆除のための術師がすれ違う廊下で荷車を引きながら、ブロウは黙考した。虫どもは大型犬くらいのサイズがあり、羽音がやかましい。術師たちは羽虫にのみ効果のある魔術を使う。それを浴びると、一発で破裂し、その痕跡は別の役割、掃除係が片付ける。
双角竜か。ラマスーが予言したのは、自分がそいつの喉にある逆鱗を貫き、〈黄昏の宝珠〉を見事入手するということだったのか?
薄暗い廊下で、再びジャングルの熱気を感じた。虫の羽音はゼガの地でもそこらじゅうに響き渡っていたが、そちらでは〈舌長猿〉や〈矢撃ち〉などの魔物が、その駆除の役割を負っていた。徒党の長ネイは、帝国人に最も多い、浅黒い肌と銀の髪、そして鋭い目をした戦士だった。その琥珀色の瞳は、自らがどのような怪物でも打ち倒せると思っている――否、知っているのだ。
「分かっているな、ブロウ。〈黄昏の宝珠〉はお前のものだ。だが〈捧げられしもの〉は間違いなく、こちらが手に入れる。それでいいな?」
幻視であるはずのネイが、戦士たちとともにこちらを見据え、そう言ったのでブロウは呆気にとられた。
「なんだ? まさか、今さら逆にしてくれ、などと言うつもりではないだろうな」
いや、無論自分は〈黄昏の宝珠〉を手にしたいだけだ。そう答えたが、思ったよりも低く、ネイに負けぬほど力強い声が出て驚いた。
「ならば結構、互いに全力を尽くそうではないか」
もちろんだ、と答えようとしたところで、元の暗い廊下に逆戻りしていた。




