第94話 紛れ込み
菜園の魔女の領地もまた、多層構造だ。上部にはさんさんと人造の陽光が降り注ぐ広大な畑、そして対比的に光の当たらぬ箇所も存在する。大狼の魔物スコルの残した〈疵〉の一つだ。
ブロウは薄汚れた廃墟の中で、武装した悪漢たちに囲まれていた。彼らは〈盗賊〉や〈殺人者〉など、後ろ暗い役割を与えられた者たちだ。完全な無法者ではなく、領主によって泳がされているのだ。犯罪者の捕縛や処刑という、官吏の役割を果たすためだ。また、彼らの役割に似合った、汚れ仕事を任せることもあった。このフォルディアでは全ての人々が、己の役割を果たして生きていける――立つ場所が暗がりか明るみかという違いはあるが。
荷車に魔剣を二振りも搭載してのこのこと出現したブロウは格好の獲物であり、お決まりの脅し文句と共に略奪者は取り囲む。自分はラップローヴの保有者として定義され固定されているので、渡すことは不可能だ、と述べる間もなく、応戦するために剣の片方を握る。
これまでにラップローヴが斬った相手の記録を現実に反映するためには、アレッシアや他の誰かを変化させる必要がある。だが、ガヴィンやエルナといった保有者の技能と記憶は概ね、自動的に共有できている。獣人戦士の腕っぷしを借りようとしたところで、奇妙なことが起こった。ブロウの体が独りでに動き、二人の悪漢を斬り伏せたのだ。
同時に、遥か異国の熱された、多湿な大気を肌に感じた。現実のものではなく、脳裏によぎっただけだ。
盗賊団は、ぎょっとして身を竦めた。ブロウの動きが、尋常な剣技とは異なったからだ。最初の二人は、何らの前兆もなく前方に跳躍したブロウが通過する際、すれ違いざまに両断された。そのまま廃屋の壁面を蹴って反転し、地に降り立つ。その際に更に三人が斬られた。
樹上性動物のごとく、素早い動きで上り下りを繰り返し、その移動自体が攪乱と攻撃を兼ねている。ヴェントの、ある種の隠密の剣技に似ているようだった――密林を根城にする者たちの技に。だが、幻視する地はヴェント王国ではない。
自分はどうやら、この大陸の南部に位置するヴェントよりもさらに暑く湿潤な地で、何か強大な敵を狩っていた。この剣技はそのためのものだ。もちろん、フォルディアから出たことのない、この自分ではなく、バカンで活動していたガヴィンのような、異なる世界の自分であろう。本を通して、それが紛れ込んだのだ。
〈黄昏の宝珠〉を、熱帯の狩猟者たる自分も手にしていたのだ。この世界でもそれを手に入れれば、そこを起点として、狩猟者の自分と統合を果たすことができるかも知れない。
異世界の自分が用いた剣技で盗賊どもを斬り倒し、もう一つ分かったことがある。自分は、飢えている。人族のものではない、もっと強大な何かの血潮に。どうあっても、それを飲まなければならないようだ。




