第91話 魔女の依頼
フォルディアの内部の各地方には貴族の領地がある。他国と同じく、迷宮から採取可能な資源の質と量によって格付けがなされており、ブロウが足を踏み入れた大部屋は、食料供給において中層下部の中核を担っていた。入り口で迷宮守りであると示したのち入室税を支払い、一つの街がそのまま入るほどの広さの室内を見上げた。
塔が立ち並ぶ上にはもちろん天井があるが、青く霞み雲までが形成されている。太陽のごとき魔力灯を背に鳥の群れが飛び交っている。各国の迷宮都市ではよく見かける光景だが、この国の下層では一定以上の広さの部屋はそう多くないし、暗闇に覆われていることもしばしばだ。久々に、モーンガルドの草原や帝国の砂漠を彷徨っていた時のことを思い出した。
公社へ顔を出し、導灯へ手をかざすと、探索についての情報が頭の中に流れ込んで来た。驚くべきことに、それはこの地の領主である魔女からの依頼だった。
部屋の西側を治める代官の屋敷、その応接室に主である魔女本人が現れた。フォルディアにおいて三角帽子の着用と箒を模した杖の所持、黒い猫科動物の飼育、それらは魔女階級にのみ許された特権だ。〈菜園の魔女〉の使い魔は、肩から触手を生やした猫型の魔物であり、飼い主と同じく瞬きをしない目でブロウを見つめた。
魔女は、これまでに出会った被改造者たちよりも、数段階高度な処置を受けているようだった。髪も肌も脱色したように生白く、帽子の鍔の奥に覗く両の瞳も、灰色に色あせていた。彼女たちは、魔力をもってものを視るのだ。跪きながらブロウは、魂魄ごと見透かされているかのような、うそ寒さを覚えた。
自分は一つ星、未だ初級者であり、魔女様の依頼をこなすには不足ではないかと懸念しています、と、迷宮守りの敬礼を取りながらブロウは言った。だが魔女は、仮に失敗しても正確に報告してくれればそれで問題はない、と告げる。
「全ては〈館主〉様の思し召しよ。月神アルズ様が遣わしたかの方が、暗がりに灯を点し導いてくださる」
この地と、そこに住まう人々にとって最善の選択を、かの偉大な屋敷神は齎してくれると魔女は信じている。
おもむろに彼女は金属細工の施されたガラス瓶から、礬素のゴブレットに中身を空け、どろりとしたそれを口に運ぶ。彼女たちが霊薬と呼んでいる、得体の知れない薬液だ。フォルディアの支配階級は何れもこれらの常用者であり、その服用は特権であると同時に枷でもあるのだ。
「この霊薬の製造にも、我らが肉体を維持するための儀式にも、そして慣習的・実務的に私が熟している術にも、言うまでもなく魔石が必要だ。その安定供給は無論揺るぎないが、常ならぬ魔石を用いての探求も欠かしてはならぬ。
貴君には特別な許可を出すゆえ、我が所有の迷宮にて魔物を狩ってもらいたい。訪れた者によって異なる存在が現れる部屋だ。〈館主〉様が貴君を寄越したということは、新たなる奇貨となるやも知れぬ。無論、討伐が叶わぬと思えば、即座に撤退し、その特徴を詳しく述べよ。貴君の目ならば、迷宮の暗がりに惑うこともなかろう、吸血鬼よ」




