第9話 転移
「さて、その魔剣の特殊機能は今後さらに検証を進めるとして、ひとまず今日の所はこのあたりで引き上げるとしようか。ガヴィン、貴公の取り分だ、自分で持て」
ヌミトルは獲得物を袋に分け、ガヴィンに渡した。背嚢が一杯になったが、獣人の偉丈夫の足取りが重くなることはなかった。
「良いぞ、やはり獣人は優れた迷宮守りよ。これなら独り立ちするのもすぐだ。失った記憶など、ものともしないようではないか。あとは無事に帰還しすれば探索は成功だ」
果たして無事に出口まで到達し、ヌミトルとはそこで別れ、マッブだけが付いてくる。『〈変容する獣〉は今後も、迷宮内で後進の育成をしたいって言ってる』
それはよいことだが、迂闊に魔物だと明かさない方がいいかも知れない、自分はそうする気はないが、いずれ公社に通報する者が現れるだろう、とガヴィンは言った。
『そうなんだよねぇ、討伐隊を差し向けられたり、賞金をかけられたりしたら困るからね。実際に〈獣〉が大勢の迷宮守りを喰って、今も生きているのは事実だからさ』
公社に戻った頃には日が暮れかけていた――都市内の大魔力灯は太陽に連動して光量を変える――運んできた荷物を売ると、数日間の宿代と食費にはなった。内訳は魔物から得たクズ石と呼ばれるごく小さな魔石、ナイフや籠手、野菜類といったところだ。迷宮芋や玉ネギはいつも需要があるが、毒入りの場合は解毒費用が引かれてしまう。先日この階層でも、食べたらここ数日の記憶を失ってしまう赤カブが出回り、ちょっとした騒ぎになったそうだ――それはそれで、魔法薬の材料になるために高値で取引されたらしい。
公社を出たガヴィンは、酔客がちらほら混じり始めた、市場の人混みを歩いている。砂と香辛料の匂いがした。それが、帝国の匂いなのだと理解して、路地の奥に進んでいく。
『じゃあ、とりあえず今夜の宿を見つけないと――あれ?』
マッブが妙な声を上げた。気づくと、ガヴィンの肉体が透き通っている。
『転移だよ、ガヴィンがどっか別の場所に跳ぼうとしてるんだ! こんな街の中でかぁ、やっぱりあなたはどっかから転移してきたんだ、転移はクセになるっていうからなぁ! ガヴィン、あなたが過去を取り戻せることを〈変容する獣〉は祈って――』
マッブは消え、路地裏の風景も霞んで見えなくなり、ガヴィンはどこかへ移動した。困惑と、どうせもうじき旅立つ気だったし、ロドーに近い場所ならありがたいという思いを抱きながら。
最初に感じたのは、煙と金属――重たい鉄で作られた都市の香りだ。
ガヴィンは、どこかに腰掛けている。無意識にラップローブを探り――それはすぐ手の届くところに立てかけられていた――周囲を見回して、車の後部座席だと気づいた。それも一角牛の引く乗合牛車ではなく、魔導機関で稼働する自動車だ。
「おや、お客さんのようだな……いつの間に入り込んだんだい?」運転席から低い女性の声がした。覗き込んで来たのは、淡い赤色の鱗を持つトカゲの顔――停車中の車にガヴィンは転移したらしかった。