第88話 予言獣
ヴェントに〈ラマスー〉という、翼の生えた牛の体と人間の顔を持つ魔物の伝承があった。そいつは牛の子供として生まれ、予言をしてすぐに死ぬ、あるいは迷宮内で曲がり角から現れ、不吉な予言を残して消えていく、などといったものだ。
この日ブロウが泊った宿の隣の坂道に、このラマスーがいて、その言葉を書きとる役割の人々が魔物を取り囲んでいた。確かに牛の体と、人間の老人の顔を持った生物だった。やがて仕事を終えた記録者が、宿屋の一階の酒場へやって来た。あの魔物はどのようなことを喋っているのか、と尋ねると、どこどこに住んでいる誰誰という人物が、明日や明後日こんな目に合う、という内容だ、との答え。それを本人に教えるのか、と聞くと、しないし、するとしても自分の役割ではない、とのことだった。
それどころか、内容を記録した紙を一日の終わりに路上で燃やすのをブロウは目撃した。ラマスーは記録者が帰った後も坂道にいて、ブロウが話しかけても、一切答えなかった。向こうも趣味で予言をしているわけではないのだから、しかたがないことだ。踵を返すと、僅かなつぶやきが耳に入った。「竜の喉」と、そう聞こえた。振り返っても、魔獣はもう何も言わなかった。
街路を賑やかな楽隊と、輝く鎧を纏った兵士たち、仕立てのよい外套を纏った魔術師たちが行進していく。モーンガルドでカトリネルエ討伐隊と歩んだ祝祭を思い出す光景だ。この行列を主宰するのは、この階層を支配する魔女だ。縞毛象の輿に乗ったその姿は、まだ幼く、眠そうな顔をしていたが、漂白したように皮膚も髪も白い。ケリブと同じく魔術的処置を受けた証だ。
宿の二階からそれを見つつ、ケリブが元の場所に戻ると切り出した。ブロウは模範的市民であり、吸血鬼として人族に害をもたらすものではない、という証明書を手渡し、彼は祝祭の列に紛れて街路に消えた。
自分は吸血鬼、エルフ、フォルディア人、迷宮守り、そのいずれも確固たるアイデンティティとは言い難い。自信を持って断言できるのは、ラップローヴ保有者ということくらいだ。
東へ向かおう。象が一鳴きする声を遠くに聞きながら、ブロウは宿を出た。相変わらずラマスーの周囲では、記録者が黙々と書き取りを続けている。「竜の喉」それはどういう意味だったのだろう。竜たちは心臓と別に、喉にも小さな魔力器を持つ。そこだけ鱗が逆に生えていて、弱点とされている箇所だ。しかし、竜と戦う機会などはこの国であるはずがない。
答えの浮かばない問いについて考えながら、部屋を出て、薄暗い廊下を進んで行く。




