第87話 黒狼
荷車を引き、鬱蒼と茂る庭園を横切る。ブロウはアレッシアとケリブの前を歩きながら、この国を出たならどうするか夢想する。やはり迷宮守りとして食って行くことになるだろうが、何か吸血鬼であることを活かして――ふと、ガヴィンがかつて所属していた〈夜居〉という傭兵団のことが頭に浮かんだ。夜警を請け負う兵士たち。ロベールではないが帝国へ脱出して、この一団へ加わるのも良いかも知れない。
今日の仕事は魔物を退治することだ。主要な回廊で、衛兵たちに混じってその魔獣と戦う。別に戦力が逼迫しているわけでもなさそうだったが、兵たちは「〈館主〉の援軍に感謝を」と受け入れた。
フォルディアの兵士や警吏は銃を携帯していない。この国では手に入りづらいし、魔術師には不要との風潮が強いからだ。ほぼ魔力のないブロウは、どうにかして銃器を入手できないかと考えている。もちろん鉄砲歩兵のファルケンアウゲを呼び出せば事足りるし、いざとなればラップローヴを投擲しても良いのだが。それでもやはり、剣士と言えど拳銃の一つもあれば迷宮では役に立つものだ。
退治すべき魔獣は、漆黒の毛を持つ狼だった。フォルディアではこうした狼の姿の魔物が多く出現する。建国当時、この地に現れ封印された〈スコル〉という名の怪物、その未だ消えぬ痕跡が生み出しているのだ。いかに朔月騎士団が尽力しても、各地に残る暗闇を湛えた〈疵〉と狼たちを、根絶することはできなかった。呪詛によってフォルディアは、永久に変質してしまった。
狼は素早く、何人かの兵士が負傷した。ラップローヴにて斬ると、血も流さずに黒い煙となって霧散した。戦闘が終わると、兵たちの傷はたちどころに癒えたが、床に落ちた血痕は掃除人が水とモップで片付けなければならなかった。
ごく淡々としていて、悲鳴も怒号も鬨の声もなかった。狼たちも何らかの役割を帯びて事務的に戦っているかのように、一度も吠えることがなかった。
その日の仕事が終わり、ケリブとともに宿に入り、人造血液を飲んで寝た。帝国へ渡るには、東へ進んで行くべきだ。迷宮都市はどこでもそうだが、道はまっすぐ伸びているわけではないし、狙った方向へ進むには階層を上下しなければならないこともざらだった。東の大陸の乾いた大気を想起しながら、目を瞑ってはいたが明け方まで眠らず、起きたのは昼前だった。
ケリブは特に何も言わなかった。吸血鬼にしては早起きな方だ、とでも考えていたのかも知れない。




