第86話 遥かなるグランダルズ
グランダルズは、エルナが最初に倒した〈逃げ水坂のメイヴ〉が出身地と称していた国だ。帝国北部に広がる広大な荒れ地を国土としている。ここはすべての魔力が枯渇しており、魔術を使うこともできないし、魔法具も全てその力を失う。ロベールは、自分がろくでもない人生を送っているのは魔力に乏しいからで、かの地へ向かえば輝かしい生活が待っていると考えていた。
だが実際のグランダルズは理想郷などではなく、危険な地だ。迷宮から溢れ出る無法者たち。そいつらを狩る賞金稼ぎ。荒野をうろつく狂暴な魔獣。魔術がない代わりに銃器で武装し、砂塵舞う鉄火場で銃弾が降り注ぐ。弱肉強食の恐るべき地だ。そもそも、フォルディアを脱出して帝国北部に向かうのもかなりの困難が伴うだろう。
そのことを告げると、途中でくたばるにしろ、今のまま写本師を続けるよりはずっといいとロベールは決然と言った。そこまでの意志があるなら、まずは迷宮守りになってみれば良いのではないか、とブロウは言う。すると目に見えてロベールが意気消沈するのが分かった。
「あんたらを前にしてこういうことを言うのもなんだが、俺は迷宮守りにあまり良い印象を持っていないんだ。根無し草みたいな、不安定なもんだろう」
それはその通りだが、国を脱出してグランダルズに向かうという考えこそ根無し草そのものだ。迷宮守りが嫌だと言うなら、写本師のままで脱出するのか? 迷宮守りでない者が管轄外の階層をうろつけば、衛兵に拘束されておしまいだ。
「ああ、だからあんたたちが逃がしてくれるんじゃないのか?」
自分の任務は、現状を認識させて諦めさせるか、無理なら迷宮守りに勧誘することであって、脱出を手引きすることではない。あなたは、このまま写本師を続けるか、迷宮守りになるか、そのいずれかだ。そして、どちらにせよ自分の役割を不満に思っていることは公言しないほうが良い。周囲の人たちに、迷宮守りが派遣されてきて現実を教わり、無謀な考えを改めた、と表面だけでも言っておくべきだ。
まったく納得していない顔でロベールは、分かった、と呟き、ブロウはその場を後にした。
「そのうちに彼が、馬鹿なことをしでかさなければいいのですが」
ケリブが言ったが、ブロウとしては別にそれでも構わなかった。不満を抱えつつこの地で一生を終えるも、現実に折り合いをつけて暮らすも、国外へ逃亡しその過程で野垂れ死ぬも、ロベールの自由だからだ。
自分は今回の仕事が完遂できたし、後はでどうでも良いことだ――そう言いながらブロウは導灯に手をかざし、幻の炎から報酬の魔石を取り出した。




