第85話 鱗光照射室
その部屋は暗く、細長かった。魔力灯ではなくランプがいくつも壁に設置されている。それらは誰かが毎日、点したり消したりしているはずだ――ブロウの両親のような役割を持った人たちが。横一列に並んだ魔術師たちが、少し離れた場所にある藁の山に向かって魔法を放っている。青白い光を飛ばしているのだが、それは藁山に何ら物理的干渉をしているようには見えなかった。これも迷宮に定められた役割なのだろう。藁山を乾燥させるのに必要な手順か、あるいは訓練を延々課せられているのか。もしくは、あの藁の中には魔術を浴びせられる役割の人々がいるかだ。
「あなたは、吸血鬼としての弱点をあまり気にしなくても良いと言いましたが」後ろを歩いているケリブが言った。「吸血鬼であることは間違いないので、種族全員に対し効果を発揮する魔法具や魔術が存在する、ということは覚えておいたほうが良いかも知れませんね」
下位から上位まで、吸血鬼ならば一撃で灰に変えてしまう力が存在するし、吸血鬼は立ち入ることができない部屋・階層・迷宮もある。無論、どの種族においてもそれはあり得ることだ。新帝国歴八五〇年七の月にギョールで生まれたドヴェルの男性が入ると、隠し扉が開く部屋などもあるかも知れない。あまり気にしても仕方がないように思えた。それにブロウは不死者だし、ラップローヴが使用できないような状態にはまず陥らない――エルナが狼藉を働いて拘留された時のような例外はいくつかあるが――とりあえず、自己が吸血鬼の端くれであるという点は、常に頭の片隅には置いておくことにした。
部屋の隅に〈導灯〉の台があり、手をかざすと次なる探索情報が頭の中に流れ込んだ。この国からの脱出を考えている人物がいる。諦めるように説得し、無理そうならば迷宮守りに勧誘せよ、とのことだ。ブロウとしては自らも脱出を企てる身であり、頭ごなしに否定したくはないが、リスクについて話し合うのは自分のためにもなる。さっそく向かうことにした。
そのロベールという名の写本師は、複写の魔術や印刷機ではなく手書きで延々と、大昔に出版された謎の儀式の教本を写し続ける生活にうんざりしていた。彼は不満を隠そうとしていなかったので近隣住民から孤立していた。自らの役割をないがしろにする者は、反社会的で信用ならないと見なされる。家を訪ねたブロウに、さっそくこの若者は「脱出を手伝ってくれるんだろう」と持ち掛ける。
まず、具体的なプランについて話を聞くことにした。脱出した後どうするか決めているのか、と。そういえば自分はどこへ向かうか、まだ未定だったな、と思いながら。写本師は堂々と答える。
「俺は帝国のグランダルズに行こうと思ってるんだ。魔術なんてものがない場所にな」




