第79話 導灯
転生者のドヴェルは俄かに声を潜めてブロウに顔を近づけ、
「ひょっとするとあんた、国外脱出までも企んでるんじゃないかね?」
図星であったが、そんなことは考えていない、と答える。
「そうか、ならいいんだ。そんな恐ろしく面倒な挑戦は、やめとくのが賢明だからな。おっと、時間を取らせて済まなかった。ま、入りな」
魔力灯がぼんやりと照らす廊下での立ち話を終え、二人は公社の中へ入って行く。
帝国やモーンガルドで見た公社支部とは異なっている。杯を手に騒ぎ、時に殴り合う荒くれたちはいないし、疲れ果てた労働者の姿もない。もっと静かで厳粛な場所だ。聖堂にも似ているが、神の像はない。〈館主〉は常にここにいるので、似姿に祈る必要もないのだ。
いかに迷宮守りがどこにでも行けるとしても、この下層にまで降りてくる者などいはしないとブロウは思っていたが、ドヴェルの他にも数名が職員と何事かを話したり資料を閲覧したり、軽食を取っていたりしている。思ったより迷宮守りの数というのは多いのかも知れなかった。
転生者のドヴェルは受付を指し、まずは登録を済ませることだと言った。ブロウは会釈し、言われた通りにする。エルフの受付はごく淡々と応じた。
一度迷宮守りになれば二度と戻れない、本当に良いのか、という確認が終わると、職員は金属の器を持って来た。
「これは〈館主〉があなたに力の一部を貸すための魔法具よ。手をかざして。火が出るけど幻だから火傷する心配はないわ」
果たして、鮮やかなオレンジ色の炎がブロウの右手を包んだが、確かに僅かな温かささえ感じなかった。
「それまでの役割を捨てる時、精神的な影響を受ける方もいるわ。だけどあなたは本当に準備ができていたみたいね」
受付は拳を握った右手を水平にかざし、左手で右手首を掴む仕草を見せた。
「これが迷宮守りの敬礼だから、よく覚えておいて。利き手を掴むことで敵意がないということを示すとともに、手首にあるメダルを見せて身分を証明するのよ」
ブロウが真似をして右手の袖を捲ると、既にそこには星が一つ刻まれたメダルが、いつの間にか括り付けられていた。
「これで、あなたは〈館主〉の代理人、フォルディアの迷宮守りとなった。あなたの貢献に期待するわ。仕事が欲しければここに来て、また〈導灯〉を使えばいいし、迷宮に備え付けのものから直接探索を得ることもできるわ。あるいは私たち公社や、各部屋や階層の当局、民間人からの依頼も受けられるけれど、優先すべきは当然〈館主〉でしょうね」
〈館主〉という存在を除けば、システムは概ね他国と同じらしかった。ブロウは魔法薬や保存食、水、そして人造血液などの補給物資をもらい、受付を後にする。




