第76話 門衛
休憩所には先客がいた。ギョームという名の老爺で、時折挨拶を交わす程度の仲だった。
「ブロウか、久しぶりだなぁ。最近はどうだね?」
彼はアレッシアに一瞬目を取られ、すぐに気にするのをやめる。ブロウがここを出て行くと言うと、ギョームは目を見開いた。
「おいおい、悪いことは言わないから、よすんだ。若いうちはそうやって馬鹿げた野望を抱くもんだが、ワシらは魔力なしの底這いずり、夢なんて見るもんじゃない」
自分が見てるのは夢ではなく現実だ、と言うとブロウはアレッシアを羊頭の悪魔に変えて見せた。驚愕するギョームに、突然この魔剣を手に入れたので、この力を使って脱出してみせる、と告げる。実際にはブロウという死体漁りがラップローヴを手に入れたのではなく、ラップローヴによってブロウがその経歴ごと作り出されたのだが、同じようなものだ。
「ううむ、その力があれば確かに下層あたりまでは、どうにかなるかも知れんが……いや、分かった。お前さんがその気なら、ワシはもう止めんよ。だが、ここもそう悪い場所ではないと思うがね」
ギョームは他所の地を知らないからそう言えるのだ、とブロウは内心思う。ガヴィンやエルナのように建物の外を思うがまま歩けなければ、真に自由とは言えないはずだ。ギョームは、門衛はどうにかして注意を逸らせば、簡単に出しぬけるはずだ、と言った。奴らは底這いずりが外に出たがってるなどとは思っていないだろう、幸運を祈っとるよ、と、餞別に得体の知れない密造酒の小瓶をくれた。
そこで一眠りしてから再び先に進むと、大仰な門があり、煌々と点る魔力灯の下、二人の門衛がいた。ブロウはアレッシアに、彼らの注意を引いてくれないか、と頼む。
「ふん、基本的にわたしは不干渉のつもりであったが、その程度なら構わぬ。少しばかり先に歩いていくだけだからな」
暗がりから姿を現した凄まじい存在感の相手に、門衛たちは目を取られる。その隙に脇から忍び寄ったブロウは、二人の背後を通り抜けようとする。荷車は離れたところに置いてきたが、どうせいつでも手元に戻って来るのだ。
門をくぐったところで、眼前に突然剣が振り下ろされた。ラップローヴにて受け止めるが、背後から心臓を貫かれた。何が起こったか分からないが、出しぬいたはずの二人の門衛が、一瞬でブロウを取り囲んでいた。
「無謀な挑戦だったな、底這いずりよ。おや、こやつは吸血鬼か。下位のムスティックめが、暗闇をさまよっていれば良いものを」
吸血鬼への蔑称を口にして死体の顔を覗き込み、嘲笑った片方の門番は次の瞬間、異形の肉の塊に姿を変えていた。もう一人の門衛は呆気に取られている間に、汁のしたたる触手で雁字搦めにされた。ブロウはそいつをヒキガエルに変えた。
吸血鬼が門を潜り抜けた後で、肉塊の騎士とヒキガエルは元の門衛に戻り、その通過を許してしまったことは覚えておらず、何らの異常も報告されなかった。ブロウにとって不可解だったのは、衛兵たちが門の向こう側に待ち構えていたことだ。この疑問は後で、本を参照することによって氷解した。
衛兵たちは己が役目を自覚し、その定義を受け入れていた。門衛は許可されざる者の通過を許しはしない、その役割が一度はブロウの通過を阻んだのだ。しかし結局まんまと通り抜けられたのは、別の存在・役割をラップローヴによって上書きされたからだろう。あるいは、脱走者というブロウの役割への自認が、彼らのそれを上回っためかも知れなかった。




