第71話 後継
大罪人カトリネルエは消えた。彼女がああして祝祭の只中、ふらふらとさまよっていたのはリニィ警備隊が無能・怠惰もしくは腐敗しており賄賂を受け取って見逃していた、などということではなく、あれらの列挙された罪は、やはり表層的なものだったのだろう。他の復讐者たちにとっても、それぞれの罪を犯したカトリネルエがいるように、敵対者として設定された時に書き込まれた情報に過ぎなかったのだろう。
もちろん、どこかの個体が世界そのものを終焉に導くような犯罪に手を染めようとすれば、然るべき予見者の手の者がけりを付けていたはずだ。恐らく彼女は他の騎士崩れの悪党と同じく、数件の殺しや盗み程度にしか実際には手に染めていなかったのだろう。
最後の一人、そいつが首謀者のはずだ。エルナは次こそ油断することなく仕留めるために、そのページを読もうとする。それは〈シャンティ〉という、風生まれのスリだった。酒を飲むと古い舟歌を口ずさむことからこの名で呼ばれている――という説明を読んでいると、赤文字でとある情報が書き込まれた。今しがた彼が【死亡】したという事実。その場所も書いてある。エルナは走り出す。
朝早くの大通り、ダグローラの大聖堂前のそこに、多くの労働者が疲れた顔で行きかっている。鳩の群れが舞い、大勢の溜め息と足音が入り混じる。その只中で、布袋の上から剣を突き刺され、血を流している遺体と、そのすぐそばに佇む、粗末なローブと草を編んだサンダル――ヴェントの黒騎士の格好をした下手人と思しき人物。誰もそれらに目を止めることはない。アレッシアと同じく、風景かのように。
「おう、来たか。久しぶりだな、少し見ないうちに、でかくなったもんだ」
金髪をぼさぼさに伸ばしたその人物は、知っている相手だった。夢幻の中の故郷、第八聖堂で見たはずの顔だ。小さいころの記憶にはないが、定義上重要な家族――
父上。エルナはそう口走る。だが、相手は首を振った。
「生憎、オレはユルゲンじゃないぜ。体も記憶も魂魄さえも奴と同じだが、本人ではない。お前は知る由もないだろうが、両替商ってのは表向きの生業でな。実際はまあ、暗黒街の顔役ってもんよ。しかし色々と不都合が出てきてな、いったん経歴を白紙に戻そうってつもりだったのさ、こいつらの手を借りてな」
ユルゲンと似た男は、自らの天火をシャンティの屍から抜き取った。
「オレは〈写し身〉、まあ一種の魔物よ。ユルゲンのすべてを引き継いだ、後継者ってわけだ」
その魔物はガヴィンが最初に出会った〈変容する獣〉とは異なり、出会った相手を捕食して取り込むのではなく、休眠状態で迷宮にて見つかる、魔法具のような形態らしい。それを自らに使用し、分身を生成したのちにユルゲンは、仕事を終えれば安全に国外に逃してやると取引をした九人の前に、標的役として無防備に姿を現し、殺されたのだった。
「というわけだ、こいつら九人はオレの企み通りに動いたに過ぎない、お前にとってのユルゲンの仇、という意味では合っているだろうがな」




