第70話 大いなる罪人、カトリネルエ
行列が進んで行く中、エルナがふと脇道を見ると、まさしく手配書に描かれた通りの、不遜な黒髪の騎士がいた。近くの討伐隊員に呼びかける。
「何!? カトリネルエの奴!? どこに……あいつ? 全然違うじゃないか。カトリネルエは金髪で、もっと小柄だよ。あいつは黒髪で背も高めじゃないか。まさか酔っぱらってんのか? しっかりしてくれよ、俺たちは誇りをかけた復讐のために進んでいるんだぜ」
むしろこの人物こそ酔っぱらっているんじゃないか、と思っていると、カトリネルエが自分から近づいてくる。
「其処許にとってのカトリネルエは某よ。だが、他の者にはそれぞれのカトリネルエがいる。それぞれの罪を背負った仇がな。村を焼いた罪、策謀を仕掛けた罪、宝を盗んだ罪、一番多いのはきっと、肉親を殺された罪」
カトリネルエは再び脇道の方へ歩んでいく。エルナも後を追う。祝祭のざわめきが小さくなっていく中、暗がりにて二人は対峙する。
「某を含め、あと二人か。エルナよ、よくぞここまで復讐を成し遂げたものだ。さあ、憎き仇は目の前ぞ。抜くが良い」
エルナは瞬時にラップローヴを手にし、無防備な相手を斬りつける。だが、確かに斬ったはずではあるが、カトリネルエは無傷だった。
「感謝するぞエルナ、これでまた一つ、某が罪は消えた。潔白に近づいたのだ!」
彼女は笑顔を浮かべつつ地面に腰掛け、剣を抜くこともなく両手を広げ、更なる一撃を促す。再度斬るが、やはり一滴の血すら流れていない。
エルナは遅ればせながら本を開き、彼女のページを参照する。あらかじめ見ていなかったのは、どうせ南塔卿がいればどうにでもなるだろうと過信していたためだ。
カトリネルエ・レッカーマウルは不死者だった。彼女が犯した罪の数だけ命を持つ。その罪状のリストは何ページにも渡って連なっている。殺人や傷害が多いが、窃盗も少しはあり、放火、内乱の扇動、大逆罪、聞いたこともない地方条例違反すらあった。そのうちのいくつかは線で消されている。今しがたエルナの手によって付けられるはずだったダメージが、この罪に肩代わりされたのだ。そのすべてが実際に彼女が犯した罪なのか、本によって規定されたものかは不明だが、いずれにしろ――
「――そうだ、某を殺すためには、我が罪全てを消さねばならない。だが、そのとき某は、其処許の仇ではない。さて、どうするかね?」
カトリネルエはそう言って笑うが、エルナは無言で彼女に歩み寄っていく。それを見て、片っ端から罪を消していくつもりだろうか、と大罪人は内心嗤う。その最中に反撃をすれば傷害罪が追加されるし、罵倒しての名誉棄損、あるいは逃げ出してそこらの店から何かを盗み出しても良い。潔白になどなるつもりはさらさらなかった。罪の多さこそが、カトリネルエの力の源泉なのだから。
エルナは剣を振り下ろす。迷ってはいなかった。仇を討つためには罪を消さなければいけない。罪を消したのなら、仇ではない。大いに矛盾している。少しばかりの面倒は手に負えないが、凝り固まった矛盾ならエルナは怯まない。それこそが、彼女が使用者として定義付けられた、ラップローヴの力の源泉なのだから。
矛盾の魔剣は世界そのものごとカトリネルエを――無数の罪を内包した、たった一つの矛盾を両断した。罪人は消滅し、彼女のページからは以下の一文を除いて、すっぱりと裁断されている――【カトリネルエ・レッカーマウル。ユルゲンを殺害し、その娘エルネスティーネによって仇討ち達成済み】




