第7話 魔剣
最初に現れたのは低級霊だった。顔を手で覆い、すすり泣きながらただ彷徨うだけの亡霊だ。ここで亡くなった探索者が化けて出る場合もあるが、これほど浅い階層に出るのは大抵、最初から霊体として迷宮で生まれた存在に過ぎない。
聖水や聖職者の神聖術がなくとも、ごく弱い亡霊は生者の生命力や魔力で簡単に打ち払える。ガヴィンはラップローヴを構え、無意識に魔力を籠めた。胸の魔力器がわずかに熱を帯び、両腕を通して魔剣に秘められた力を喚起させた――刃が青い光を纏い、獣人の膂力でもって剣が振るわれた。
水を浴びせられた小さな火のように、亡霊はたちどころに消え失せる。
「お見事、なかなか堂に入っているではないか」 背後で低い声がした、振り返れば悪鬼の鎧を身に付けたヌミトルが立っていた。「また会ったな。我らは同行するが、手出しは一切せぬ、貴公が求めぬ限りは――おや、そやつは――」
ヌミトルが指差したのは、低級霊がいた場所だ。石畳には先ほどまではいなかった、一匹のヒキガエルが鎮座している。
『なんかそいつ、いきなり現れたよ。転送罠でどっかから来たのかな?』マッブの言葉にヌミトルは唸り、
「ううむ、かも知れぬがあるいは、その魔剣の効果ではないか? 妙な青い光を纏ったであろう、所持者の意志によって現れる、特殊効果という奴だ」
ラップローヴは、斬った相手をヒキガエルに変えてしまう力を有しているのだろうか。
「あらゆる相手に効くというのであれば、なかなかに便利だな、検証してみようではないか。任意にヒキガエルを生み出せるなら、いざというときの食料にもなるからな。有毒ゆえ、その除去には気を付けなければならぬが」
あまり歓迎したくない非常食だがガヴィンは頷き、次なる魔物の探索を開始した。
『ちょっと生臭そうだけど一撃必殺の魔剣ってわけ? 大当たりなんじゃないの!』
「いいやマッブ、意外とそういうわけでもないのだ」はしゃぐ妖精に、ヌミトルは冷静に返す。「この類の、相手を一撃で無力化、もしくは即死させるという魔法具は、大袈裟な触れ込みを抜きにしても少なくない。だが考えてもみよ、そのような効力などなくとも不死でもない限り、まともに斬られれば死ぬのは当然ではないか。肉体全てが急所となる、という意味では強力に違いないがな」
『確かにそうか、それにどっちみち刃が届くとこまで近寄らないといけないからね。動きが素早かったり〈獣〉みたくこっそり近づく知恵のある敵には――』
「そこまで優位ではない、というわけだな。結局は使い手次第だ」