第68話 恨まれし者
「あやつは元は王都ネーベルトールの下級官吏じゃった。かの地では軍府方の騎士団が幅を利かせておるゆえに、宮廷の検断庁は体のいい左遷先でな。そこで、どこぞの貴族の庶子じゃったカトリネルエは、ずいぶんと鬱屈した日々を送ったようじゃ。やがて地方に飛ばされて盗賊狩りの騎士大将として動くうちに、己も盗人のようなことを始めおった。最後は貴族の馬車を襲って狼藉を働き、首を斬られる前に逃げおおせたそうじゃな」
彼女の素性を確認するには本を読めば良いだけだが、南塔卿の低音の効いた美声で聞くと無法騎士の半生も、叙事詩的悪漢物語のような風情があった。
「我らは皆、〈大壁〉の穴にて外つ国へ脱しようとしたところで出会った――そなたの父ユルゲンを害したのもその折よ」
その話に関しては興味がなかったし、あまり父に関する細かいディティールが増えると、復讐者として考慮すべき態度が増えて大変だ。南塔卿は元の巨大なる英傑に戻り、背景の一部と化した。
宿や近くの食堂などで話を聞いたところ、やはりカトリネルエについては広く知られていたが、彼女が何をしたのか知っている人はいなかった。討伐隊の集合場所はゴーラ森林公園という、ここから列車で二駅行った所にある場所だ。ひとまずそこへ向かってみることにする。
列車内で隣に座った人がエルナに、「おい、すげえでかい美人がいるぞ」と話しかけてきたのでアレッシアのことだろうなと思っていると、やはりそうらしく、眼前に立っている彼女を指していた。本当にそれほどでかいだろうか、そこまで美人か、という疑問を呈すると、「そうだと思うけど、自信がなくなって来たな」と言い、沈黙した。本人は特に何も言わず、いつものようにすぐさま背景と化した。
森林公園は整備された場所ではなく、そこだけ開発されていない雑木林といった感じの場所だった。水はけが悪く湿っぽいし、虫もたくさん飛んでいる。結構な人数が所在なさげにうろついていたが、こんな場所に理由なく好き好んで来る人がいるとは思えないので、全員カトリネルエに恨みを持っている人だろう。
試しに、近くにいた立派な剣と鎧で武装した人に質問してみる。あなたもカトリネルエ・レッカーマウルに恨みを持っているのか、と。
「その通りだぜ、オレの爺さんを殺した十一人のうちの一人なんだ。奴をこの世から消し去らない限り、オレの人生は始まらねぇんだ」
自分と同じような立場の復讐者らしい。他の人に話を聞いてみても、「両親を殺した二十六名の中の一人」とか「自分に罪をなすりつけて一文無しに追い込んだ六人の中の一人」「自分を徒党から追い出した四人のうちの一人」「村を焼いた部隊の隊長」「自分と王族との婚約を解消させた陰謀の首謀者」など、かなりの悪行に関わっていたことが明らかになる。
その罪状があまりに多岐にわたるので、どうも不自然だ、とエルナは思った。もしかするとカトリネルエは、自分のように復讐者として定義された者の仇として、世界そのものに重複して下手人に選ばれる、特異的な存在なのではないだろうか。もちろん、だからといって手を緩めるつもりは全くない。ここにいる人々と協力して手早く奴を始末しよう。




