第62話 返礼
「そうか、すまぬな、世迷言であった……よかろうエルネステイーネ、本懐を遂げよ。儂も持てる武すべてをもって応えようではないか」
南塔卿もまた復讐鬼に狙われた標的という役割を、果たそうとしているように見えた。彼もエルナも、そう決められたからそう動く。ヴェントの多くの人々もまた、家柄によって、環境によって己を定義され、それを全うしていた。剣を生業とする騎士家に生まれずとも誰もが、自分の生が戦いであると知っていた。
かつて〈大壁〉に閉ざされた巨大な迷宮であったころ、ヴェントという国は一つの戦さ場だった。人族の騎士のみならず、迷宮から溢れ出る、まつろわぬ悪党や魔物と戦うことがヴェント人の定めだった。エルナは奇妙なことだが、今初めて、自分がヴェント人であることを意識した。共に暮らした記憶もない、両替商である父のために戦う――本によって定義されたのであろうとなかろうと、この動機が抜身の刃のようにエルナの魂魄に差し込まれた。南塔卿の雷嵐のような剣を浴び続け、不死であろうと生死の狭間に立ったと感じたためか、エルナの中で何かが変質した。
「良い目をするようになったではないか! 来るが良い、復讐者エルネスティーネよ!」
そこでエルナが取った行動は、刃を背中の鞘に納めることだった。柄を握りしめたまま、ただ力を溜めつづける。
ヴェントには神速の抜剣術を使う剣士がいる。初めは奇襲・対奇襲用に編み出されたこの技法はやがて、鞘の中で微動だにさせぬまま力を溜め、銃弾のごとき速度へ加速させる魔技へと変貌した。だが。小柄な少女が背負った剣を抜き、そのまま斬撃へ繋げることは、肉体の構造上不可能だ。それでもラディスラウスは、彼女の全力に、自らも全霊をもって返すつもりでいた。
エルナが前に踏み込み、肉体を前傾させた刹那、南塔卿は再び、凄まじき嵐のような剣を見舞った。その胴は引き裂かれ、剣を掴む腕もまた弾け飛ぶが――柄は離していない。死んでも離すものかとエルナは決めていた。自分はラップローヴの使い手、そう定義されている。たとえ死すとも、必ず十全にこの魔剣を使いこなす。そう決められているのだ。切り離された両の腕が、少女とは不釣り合いな強力で剣を抜いた。
勢いそのままに、エルナは傷一つない体で剣を握りしめ、空中で体を回転させる。嵐のような南塔卿の剣をそのまま、己も旋風と化したかのように返礼として見舞う。ラディスラウスは幻視していた――かつて若き文官であった頃、己の身を貫いた雷光を。




