第61話 剣豪大臣、ラディスラウス
エルナには復讐者としての自信が生まれつつあった。最初は、果たして九人もの標的を倒すことができるのだろうか、と不安がる気持ちもあったのだが、六人と戦って勝利することができている。このまま、残る三名も容易に打破し、使命を果たすことができるはずだ、と確信していた。そのような上機嫌で彼女がやって来たのは、枯れた河だ。晴れた空の下、かつて水が流れた跡だけが、まっすぐに続いている。
枯れ河――ガヴィンは、このような水無き大河の付近で生まれたのだろうか。そんなことを考えながら進んでいくと、眼前に一人の騎士が立っていた。
一目見ただけで強者と分かった。老齢ではあるが眼光は鋭く、長身で四肢は太く、胴は分厚い。溝付甲冑に纏い、大剣の天火を帯びている。
「我こそはラディスラウス・ズュートゥルム・フォン・グリツィーニエ! エルネスティーネよ、我が輩を討ちしそなたの武勇、誠に天晴! じゃが、その復讐劇もここまでよ! 儂が全霊をもって、そなたを打ち倒さん!」
騎士の口から放たれたのは、雷鳴のような凄まじい大音声だ。エルナは宮廷の最高官たる南塔卿とは、武とは無縁の貴族なのだろうと考えていたが、眼前の標的は熟練の戦士そのものだった。
グリツィーニエ家はヴェント王の外戚として頭角を現し、宰相・摂政を代々独占して政に携わってきた一族だ。文官や学者を多く輩出していたが、過去に大ムカデの魔物を倒した英雄など、強力な騎士もまた生んでいる。この老騎士ラディスラウスの口調と風貌は、武人以外の何物でもなかった。あるいはエルナの標的として選出された南塔卿という役割に、どこかの世界にいた強者の肉体と魂魄が当てはめられたのかも知れなかった。
エルナはラップローヴを構える。焦ることはない。確かにこの気迫は予想外だが、これまでの相手も皆、打ち破って来たのだ。勝てぬはずはない。
「参る!」
そう告げた後、一瞬で南塔卿は眼前に移動していた。防ぐことは叶わない。エルナは胴体を両腕ごと断たれ、吹き飛ばされた。もちろん、すぐに復活するが、続けざまにすさまじい轟音に飲み込まれる。あまりの膂力のため、彼の剣は嵐のようにエルナのいる場そのものを――地面も空気も空間をも――引き裂いていた。
圧倒的な武威にもエルナは臆していなかった。ただ、面倒だという忌避が強まっただけだ。今はただ、観ることに専心するのみだ。エルナの本の中に刻まれた強者たちやガヴィンの戦闘センスによって、徐々に南塔卿の豪剣を見切りつつあった。もちろん一太刀ごとに周囲の土ごとバラバラにされ、臓物や血肉を見苦しくまき散らしながら。
だが、ある時ついにラディスラウスの一撃をすんでのところで回避し、お返しとばかりに一撃を浴びせた。それは白い髭をいくらか斬ったのみだったが、南塔卿は感心したように頷き、言う。
「見事なものよ、そなたは剣士としての天稟があろう。それだけに、惜しいことよ。のうエルネスティーネ、もはや十分なのではないか。復讐などという茨の道は」
先ほどまでとは一変し、自らの孫を見るかのような慈悲の目で語り掛ける相手に、内心エルナは賛同するところであったが、復讐鬼としての役割を全うする。
自分にこの道を歩ませたのは貴様らだ、復讐者にとっての「十分」とは、仇怨すべての死以外にあり得ない――そう激高した表情で剣を構え、言い放つ。




