第60話 騒乱
危うい所だった。混入したナール退治人〈鬼火斬り〉の物語によって、己を書き換えられそうになっていたが、ラップローヴが気づかせてくれた。自分は剣の使用者にして復讐者、〈第八聖堂のエルネスティーネ〉。ナール退治人ではない。もちろん復讐の相手がナールであるなら手にかけることをためらわないが、それは自分が〈鬼火斬り〉であるからではないのだ。
周囲にいた人々が談笑をやめ、武器を手にしてエルナを取り囲んだ。
「こいつは〈鬼火斬り〉じゃあないようだぜ」「ああ、そうだ。だがどうもおかしいぞ」「もしかすると、こいつがそうじゃありませんか」「きっとそうだ、いつの間にか紛れ込んだんだ」「ナールがいたぞ」「ナールだ」「ナールを狩れ」「鬼火のにおいがするぞ」「こいつを過去完了進行形に変えてやれ」「三日月を虧けさせろ」「ナールを討ち取れ」
エルナはラップローヴを手にした。〈鬼火斬り〉の本体は一人だ。九人中の一人。どこかにいるそいつを倒せば、この集団を倒せる。
飛び掛かって来た三人ほどをラップローヴで薙ぎ払い、羊頭悪魔に変えた。三体の怪物が酒場の床や壁、テーブルや人々を紙屑のように吹き飛ばす。だが、その後ろから新たに〈鬼火斬り〉の集団が殺到する。片っ端から悪魔が生まれ続け、暴れ続ける。嵐が吹き荒れるように辺りは崩れて行き、余波でエルナもダメージを受けるが、次の瞬間には無傷の状態になり、さらに騒乱は膨れ上がっていく。
敵の本体はどこにいるのだろうか。これほどの被害にも関わらず、まだ無事なのか、この戦いを引き起こしている敵対者は――ふと、例の少女の台詞が想起された。「騒乱を扇動する首謀者は、争いから無関係なところで高みの見物をしているものです」
エルナが上空を見上げると、一枚のページが浮かんでいた。空中の一点に、不自然に留まっている。襲撃者の武器を掴み、投擲するがページはひらりとかわした。間違いない、あれが敵だ。
土煙の舞う地上から、何かが高速で放たれた――颶風のように。
「かような手で、我から逃れられると思うたか、卑怯者めが」
その声が聞こえたときには、ページは両断されていた。竜に乗った隠密アーマイゼが一瞬でかたをつけた。鬼火のにおいとともに、周囲を埋め尽くしていた〈鬼火斬り〉たちは消失した。
六人目を始末し、そいつの素性を改めようと本を開いたが、〈鬼火斬り〉のページは全く関係がないか、あるいは意味不明な文章で埋め尽くされていた。この相手が何だったのかは分からないが、【〈第八聖堂のエルネスティーネ〉が呼び出した〈颶風のアーマイゼ〉によって打ち取られた】という記載があったので、エルナはそれ以上気にするのをやめた。




