第59話 鬼火斬り
「まあそういうことよ、お前さんは根っからの復讐者。魚が泳ぎ方を忘れるなんざ、ありえんからなぁ、ガハハハ」
と、エールを呷っていた〈鬼火斬り〉が大笑した。エルナも頷き、あなたが酒をやめるようなものだ、と返す。
「おお怖い。そんなことになってみろ、地獄が凍り付いちまうわい!」
違いない。ドヴェルってやつはまったく――と言いかけて、エルナはこの人物を全く知らないということに気づいた。どうやら外部から混入したようだ。関係性を調べるために探りを入れてみよう。
我らが初めて出会ったのはいつのことだっただろうか。
「おいおい、ソーダ水しか飲んどらんくせに、忘れちまったのかよ。ワシらは同じ〈風雲連〉の一員だってのに水くさいぜ。なあ〈鬼火斬り〉」
「まったくです。この我らの絆は、どれほどのことがあっても赤い翼の破滅などに呑まれはしません」
〈鬼火斬り〉という同じ名を持つ人間の少女がドヴェルの方の〈鬼火斬り〉に向かって言った。それは、草むした巨人の所で歌を歌いエルナを追いかけた、あの意味ありげな人物だった。
「〈鬼火斬り〉、あなたもそう思うでしょう、この素晴らしき絆は――」
少女が顔を横に向けて、どこかで見たような老爺に言った。かつて会ったはずだが思い出せない。ガヴィンの記憶で見たような気がする。周囲には同じような、うっすらと記憶に残っている人々が何人もいて、そいつらは全員、互いに〈鬼火斬り〉と呼び合っているのだ。迷宮守りらしき者が大半だが、正規の軍人や都市の警備兵らしいのもいる、商人や学生、物乞い、貴族、魔物も混じっている。
そうして周囲を見回していると、どこからか鬼火のにおいが漂ってくる。名前をまだ付けられていない魔物の気配。もしかすると、それは〈ナール〉だろうか。奴らは〈吠える〉に似ているが、ナールは吠えない。ただそいつは確かに、動詞として用いることもできる。〈土くれ〉や〈密告者〉にも似ていて、その性質を持っている。単なる燃えていないナールならまだ討伐は容易だが、燃えているナールや、さっきまでは燃えていたが今は燃えていないナールやウィックドリックも倒さなければならない。場合によっては燃えているウィックドリックも。この恐るべき魔獣を認識し、倒すことが出来る退治屋はいるだろうか。民家の花壇や路地裏、誰かの言葉の中や脳裏、辞書や公文書に隠れ潜んでいるナールを狩ることができる者は。
最初の迷宮守りは地下牢の看守だった。ある時、そこが迷宮と化し一体のゴブリンが出現した。かくして看守は迷宮守りとなり、最初の探索が始まった。その看守もまた、このような気分だったろうか。困惑と恐怖、そして倒さなければならない相手を見据える決意――ああそうだ、自分こそ〈鬼火斬り〉、ナール退治人なのだ。
エルナがそう考えていた時、指に痛みを感じた。血が滴っている。ラップローヴが変化した本のページによって、指先がわずかに切れていた。




