第57話 消滅の危機
基本的に迷宮都市は建物が無暗に乱立することが多いが、唐突に何もない間隙が広がっている地点もある。エルナは歩いていると急にそういう場所に出くわした。その広大な空間の外側には、建ち並ぶ高楼の外壁が壁の様に立ちふさがっている聳えている。そこは何もない更地が続いているだけで、中央に、帝都の砂漠でたまに見られる、機械の巨人が立ち尽くしていた。何らかの攻撃を受けて機能を停止したのか、左半身の損傷がひどく、左腕は半ばから無かった。周囲は乾いた土が広がっているだけだが、巨人とその付近のみが異様に繁茂した草木に侵食されている。上天から差し込む陽光がそこに降り注ぎ、神秘的な雰囲気があった。都市の中で、自然の陽光が注ぐ地点は太陽神に祝福された場所とされるが、もちろんここのように教会の管理下になく、知られていない地点も多数ある。
どこかで走る列車の通過音がした。それが消えると、歌声が聞こえた。どうやら、巨人の近くで誰かが歌っているようだ。歳若い少女のように思われた。
近づくと、木々の影から一人の、エルナと同じくらいの年齢の人間が現れた。
「こんなところにお客さんとは珍しいですね。旅の方ですか」
エルナはそうだと答える。
「このような場所までいらっしゃるとは、何か目的がおありでしたか。それとも、あえのない旅ですか」
父を殺した下手人たちに復讐をするためにヴェントから出て来た、九人中五人を片付けた所だ、と答える。
少女は、別にどうとも思っていないがとりあえず言うという調子で、復讐は何も生みませんよ、と言った。エルナとしては、まさにその通り、時間の無駄以外の何物でもない、と声を大にして賛同したかったが代わりに重々しく頷き、それでも自分は成し遂げなければならないのだ、と苦悩と揺るがぬ決意を四対六くらいの割合で滲ませた感じで答えた。
「この地でもかつて戦いがありました。する必要のない、無意味な戦いが。戦神エギラがローギルに誑かされて狂って以来、絶えることのない悲劇のひとつです」少女は草むした巨人を見上げて言った。
「忘れてはいけません、騒乱を扇動する首謀者は、争いから無関係なところで高みの見物をしているものです。その卑劣なる魔手が、この街においても忍び寄っています」
エルナは、もしかしてこの少女は、何か依頼すべき仕事とか、解決すべき宿命を持っていて、それを自分に託そうとしているのではないかと訝しんだ。迷宮公社が長期間放置された依頼を余所者や新人に体よく押し付けようとするように――ガヴィンの記憶はそれを〈塩入り〉〈塩を盛る〉などと呼称している――そういうことをする暇はないので、適当に別れを言って立ち去ろうとする。
少女はそれを察知したのか、いきなり距離を詰めて来たのでエルナは走って逃げた。もしあのまま話を聞いていたら、新たな叙事詩的英雄譚が生まれていたかもしれない。もしくは被害妄想かも知れないが、それでも走っている最中、エルナは包丁を持った鬼婆に追われている気分だった。復讐譚とは異なる物語に没入させられては困る、復讐者でなくなることは、〈第八聖堂のエルネスティーネ〉が消滅することなのだから。




