第54話 復讐労働
通りの横にある水路は水草や浮かぶゴミに覆われていて、清潔とは言い難いが、路面も同じように汚水や苔、ゴミだらけだ。突如、何かが水音を立てた。よほど大きな魚かワニか――エルナがそう思っていると、前から労働者たちが歩いて来た。労働者。モーンガルドの迷宮守りの大半には、その言葉が適切だ。探索や冒険、魔物の討伐、それらはこの王国では馴染みがない。決められた手順をこなし、報酬を得る、それだけの作業。誇りを持っている者は少なく、誰もがくたびれている。
ある意味では、ここは避難所なのだ。危険を冒して一獲千金を狙うほどの腕っぷしもなく、野望もない。知識を探求するのでもなく、信心深いわけでもない。まっとうに働く気もないが、生きるのに金は必要、そうした人々が生きていくための迷宮。
例えば、それは薄汚れた部屋だ。そこには一つの小箱が置かれている。その中には、いくつかの魔石が出現する。箱を開けて取り出し、暫く待つ。次のが出るので、再び取り出す。下手をすればそれを一生続ける。退屈な労働だ。
とはいえ、自分がやっている復讐劇も似たようなものではないか。
エルナは薄汚れ、埃とアルコールのにおいを漂わせる人々とすれ違い、それ自体が下水道みたいなドヤ街を進んでいく。ネズミや地虫がそこいらをさまよっている。ヴェントにもこのような薄汚れた湿っぽい街はあるが、もっと殺伐としている。ここは人族の死体が転がっていないだけ、平和だ。一方、帝国ではもっと乾いていて、屍はミイラになり、砂と混じるのだ、悪臭の心配はしなくていい分、居心地はいいかも知れない。
「第八聖堂のエルネスティーネ」
突然、そう呼ぶ声が聞こえた。それは汚らしい街には似つかわしくない、力強く、澄んだものだった。
「オーニッツでは入れ違いになったようだな。父親の仇を討つためにわざわざここまで追って来るとは見上げたものよ。望み通り、相手をしてやろうではないか。さあ、仇の首はここぞ」
眼前に出現したのは謎の生命体だった。下部は、とぐろを巻いた蠢く触手。それは半ばで互いに癒着し、上半分は歪んだ肉の塊となっている。首どころか目鼻も頭もない。四肢もなく、それが這いずるように進んでくるのだ。怪物的な外見に似合わず、声は涼やかな若者のようだった――一体、どこから発せられているのだろうか?
「エルナよ。我らは生きるために貴様の父、ユルゲンを討った。我らの尊厳のためにだ。そのことを悔いてはおらぬ。そう、ただ生き残るために真剣に戦っただけのこと、日の当たる戦さ場ではない場所でだが我らは――フッ、いや、栓無き話よな。貴様にとっては我らは憎き仇敵、そうでしかないのだからな」
この存在は魔物なのだろうか。あるいは、人族が迷宮病や呪詛でこうなったのか。もしくは、どこか遠隔地から、依り代として操っているのだろうか。
「拙者は貴様との一騎打ちを望む。この首、貴様の刃が届くのならば、落として見せよ、復讐者エルナ!」




