第50話 漣死
エルナはオーニッツを出て、草原を進んでいた。太陽が真上に差し掛かった辺りで、突如喉笛を斬られ、血を吹き出して倒れた。すぐに傷は癒え、立ち上がりまた歩き出す。最近の日課となっている出来事で、あまり気にはならなくなっていた。
下手人は四人目の復讐対象、〈颶風のアーマイゼ〉だ。彼女はエルナを一日に何度も、喉を斬って殺害している。これは〈漣死〉という帝国の古い風習であり、一人の不死者に対して、同一手法による同じ箇所への攻撃を繰り返すことで、挑戦・挑発を行っているのだ。
アーマイゼは〈竜影〉――軍府方の暗殺団であり竜に乗った隠密――の一員である。竜とは、その狂暴な姿と破壊的な吐息、響き渡る咆哮などをもってして、存在を知らしめることで戦さ場を圧倒するものだが、〈竜影〉は音も立てず姿も見せず、高速で忍び寄る。竜の上からの狙撃、あるいは垂らしたロープで降下しての直接攻撃によって仕事を終え、標的の亡骸以外の痕跡も残さず、亡霊のように消え去る。
ベレンによるヴェント平定の戦では、おびただしい数の要人が、明るみになっていない者も含めて竜影に屠られた。もちろん、軍府によるプロパガンダで実態以上に誇張されているふしもあるだろうが、ただでさえ暗躍する隠密は恐ろしいのに、それが竜に乗っているのだ、ベレン軍府が有する最も強力な武器の一つであることは疑いようもない。
そして、エルナは自らが保有する戦力の中に、飛行可能なものがせいぜい妖精のマッブくらいしかいないことに気づいた。
アーマイゼは恐らく、ロープで降下して手ずから喉を斬っているはずだ。〈竜影〉が姿を消す手段は魔法具によるもので、場合によってはさらに魔術で補強する。彼女のページを読むことでその実態を知ることはできるが、攻撃を防ぐには至らない。色々考えた結果、喉に爆弾を仕掛けて斬られた瞬間アーマイゼごと吹っ飛ばすといったものしか思い浮かばず、大した害もないので保留したままエルナは旅を続けていた。標的に返り討ちにされながら続ける仇討ちの旅など実に滑稽で、内心エルナはこの状況を面白がっていたが、それでも表情だけは厳然とした復讐者のそれを装っていた。
草原に涼やかな風が吹いて名も知らぬ野の花を揺らし、次いで再びエルナの喉笛が裂かれ鮮血が飛び散る。




