第47話 キマイラ的
紳士は顚倒街町内会長のウェルギリウスと名乗った。彼についてエルナはどうも、ちぐはくな印象を抱いた。名前は帝国風で、ゴーグルと歯車の装飾がついた山高帽はグリモ風、さらにはソラーリオ風の訛りがあった。おまけに自分の復讐相手についての情報。いや、最後の一点については自然なのかも知れない――彼は〈銀の黎明〉と懇意にしていたようで、今では自分がこの徒党そのものとなっている。そのせいで彼の知識が、あるいはこの世界そのものが、エルナについて熟知しているようにスライドした。
ウェルギリウスは「ヒグマと食事を共にするようなものだ」とか「祖父の髭については、その孫に聞け」といったギョール風の言い回しをたびたび口にし、いよいよもってエルナは、かつてヴェントで宮廷を襲った、恐ろしきキマイラについて連想した。そいつは尻尾が蛇で体が虎、頭は猿で声はトラツグミだった。ベレン家の先祖によって退治されたが、その後も何度か王都ネーベルトールに来襲し、人々を怯えさせた。
このキマイラ的な紳士が、三人目の情報と引き換えにエルナへ依頼したいのは、〈惑わし〉という魔物の討伐だった。迷宮都市は日々形を変えており、概ね煩雑化する傾向がある。市民はそれを受け入れて生きているが、徴税官や郵便配達員にとっては厄介事だ。どこにでもリアルタイムで地図を書き換え続ける調査員や案内人がいるものだが、彼らは極めて当てにならない。
そこで、神々に祈ったり業務用魔術によって一時的に周辺領域の迷宮化を解除して狙った場所へたどり着いたり、特定地域についてたちどころに把握したりといった専門技術がある。
ところが〈惑わし〉は迷宮化を更に推し進め、その対処法を妨害するのだ。〈銀の黎明〉は顚倒街におけるこの魔物の討伐を一手に担っていた。今となっては〈ヴァ=マ〉ごとエルナが本に取り込んだので、他の迷宮守りに依頼すれば済む話だが、会長は昔からそういうことになっているので、今回だけでもやって欲しいと譲らなかった。
ヴェントでもあった、形骸化・世襲化の事例と言えた。ある騎士家の先祖が特定の官位を与えられ、以降その役職とは無関係に、次期当主を示す称号と化す。この、〈惑わし〉なる魔物の討伐も、〈銀の黎明〉の特権となっているのだ。
エルナは三人目の情報と引き換えに、今回だけそいつを討伐することに合意した。どうせまた強力な援軍をラップローヴで呼び出せば楽勝だ、今回は牢屋に入れられないように気を付けなければならない、などと甘く見ていたが、すぐにエルナは、討伐のためにはまず相手を見つけ出し、たどり着かなければならないという、当たり前の事実に直面することになる。




