第46話 存在基底
エルナは牢獄にいた。路上を血で汚し、屋台と街路樹を破壊したかどで、駆けつけた警備兵によりお縄となった。あれは見知らぬ悪魔が勝手にやったと言っても、取調官がラップローヴの中に〈羊頭悪魔〉のページを見つけ、エルナが呼び出してファルケンアウゲを倒した際の余波について記述されているのを眼前で読み上げた。
存基関連物品一点、と指定されタグ付けされた袋に入れられて、ラップローヴは回収された。牢に入るのだから武器を取り上げるのは当然だ。存基とは存在基底の略で、所有者の存在そのものに影響する性質の品のことだ――エルナは規定ではないことに違和感を覚えたが、官庁用語に四の五の言っても仕方がない――かくして重要極まりないアイテムを没収されたが、エルナは焦っていない。彼女がもともとそういう性格だということもあるが、当局が、彼女を定義している矛盾を保ったまま魔剣を取り上げる技術を有しているからだ。
ラップローヴは矛盾しているがゆえに強力だと、かつて鑑定したエゲリアは言った。エルナはラップローヴの所有者で、常にこれを使用できなければならない。手に持つための力がなければ強化され、負傷したために振るえないのなら回復される。死さえ覆すほど、この定義を強制する力は苛烈だ。だが、この場末の商店街の警備隊支部でさえ、その強制力をどうにかする力を有しているのだ。
当たり前のことだが、どれほどの力があっても、社会に適応して生きなければならない。その力を活かすために、社会が認めた方法を選ぶか、活かすように社会を変えていかなければならない。かつてヴェントでも、ベレン家やロートザイデ家以前に、大いなる力をもってして天下人に上り詰めた者がいたが、王と宮廷貴族、各地の領主をはじめとする社会を無下にして廃された。
エルナもそれを知っているので、大人しく刑に服することを選んだ。ファルケンアウゲがそのうち保釈金を支払ってくれるだろうから。
一日三食、金属のトレイに乗った食事と、多めの赤ドロ――各地の迷宮で湧く甘くて薬臭いドロドロした栄養剤――が支給された。迷宮公社の食堂で出されるものよりもましな感じはした。そこら辺の安宿よりも室内は清潔で、ネズミや虫がうろついているということもない。わざと犯罪を犯して留置所に入る迷宮守りもたまにいるが、それも悪くない手のようにすら思えた。
三日後、エルナは釈放された。保釈金を支払ったのはファルケンアウゲではなく、〈銀の黎明〉に依頼をしたいという人物だった。あの集団は今、休止状態にあると言っても、昔からやってもらっていることなので何としても、と食い下がるのだった。面倒なのでもう〈ヴァ=マ〉のページを破り捨てようと思っていると、山高帽を深く被ったその紳士は意を決したように、「三人目の場所を教えます」と言った。




