第41話 迷宮都市オーニッツ
「モーンガルドへようこそ。しかし、わざわざ来るような場所でもない、薄汚い労働者と貧民、未だに吸血戦役の時代に生きてる懐古主義者、ソラーリオから逃げ出した異端者……そんなのばっかりだよ、ここは」
門衛はそう言ったが、確かに都市の入り口から既にヴェントや、ガヴィンがいた帝国とは違う空気を感じた。エゲリア風に言えばにおいが違う。くたびれ果てた、倦怠に満ちた空気だ。この地の人々は今日も明日も明後日も、昨日と同じようになると確信し、そうでなくなることを恐れていた。
エルナは故国から大陸内部に入り込んだ湾〈戦乙女の海〉を渡り、東部に位置するモーンガルド王国へ入った。ヴェントは鎖国状態なので私貿易の船に乗せてもらったのだが、その間はずっと「禿頭で髭を伸ばした人物が犬を抱いている」絵を描かされた。紙が床を埋め尽くすほどになったころ、船長の、屈強な体格の小母さんがやって来て、「よくやった」と褒められ、全て海に捨てられた。恐らくあれは海神ヴァトノーラに関係する存在で、航海中の安全を願ってやっているのだろうとエルナは理解したが、もしかすると何の意味もないのかも知れなかった。
二人目の復讐相手、鉄砲歩兵ファルケンアウゲは、この都市〈オーニッツ〉に潜んでいる。奴は油断ならぬベンシック族だが、こちらは実質的に不死だ。地の果てまで逃げようとも、必ず追い詰めて裁きを下してやる、とエルナは低い声で呟き、通行人にじろじろ見られつつ街をうろつく。
エルナは食事も休息も不要なラップローヴの使用者として定義されているために、十全に使用できない状態に陥ることがない。それについてメイヴは、「まるでアンデッドみたいじゃん」とへらへら笑ったので再度殺傷したくなったが、既に彼女への断罪を済ませたのだ、と我慢しようとした。だが、自分をイラつかせたのは新しい罪で、再度裁く権利が発生したのだと解釈し、ラップローヴを抜こうとした所で、通りに悲鳴が響いた。
何事か、よもや通り魔か、と思って見ると、どうやら魔物が闖入し、それを認めた市民が恐慌をきたしたためらしかった。だが、その魔物というのが、エルナからしてみれば愛玩動物にも等しい、羽を生やした犬のような個体であったので、この復讐者は困惑を抱いた。見た目に反して狂暴で人を貪り食うとか、炎や毒液を吐くといったこともなく、ただ無邪気に走り回っているようだ。
ヴェントでも都市に魔物が侵入することはあり得るが、それは大抵の場合、人肉の味を覚えた獰猛な獣であったり、あるいは迷宮より生まれし凶賊であったりする。確実に人族に殺意を抱いている、恐るべき存在だ。また、ガヴィンが活躍していた帝国においては言うまでもなく、場合によっては〈変容する獣〉のような、大集団で挑みかかっても困難な強敵までもが出現するのだ。
だが、このモーンガルドは迷宮の危険度が低く、あのようなどこかのご家庭のペットのような生き物が迷い込んだだけで人々は逃げ惑うのであった。エルナは、率直に言ってビビりすぎだ、と内心を吐露した。すると、意外にも酔っ払いのメイヴがこれに反応した。
「いや、そうは言うけどさぁ、この街、この国にとってはあれで危機的状況なんであって、よその基準をそのまんま当てはめるのはどうなのかね」




