第40話 リスト
エルナは〈第八聖堂〉と呼ばれる、海に半分沈んだ巨大な建造物で生まれた。その聖堂内に作られた都市に住む誰もが、第一から第七の聖堂について気にすることはなかった。彼女は昔の英雄からエルネスティーネと名付けられたが、長いので常に愛称で呼ばれることになった。
誕生してからヴェントを旅立つまで、どのような人生を送っていたのかはまだ決まっていないし決めていない。復讐者にだって過去はある――むしろ、誰かを喪失するまでの思い出こそが復讐には必要不可欠なのだとエルナは考えていた。それが無いのに復讐者であるという矛盾。このちぐはぐな立場が、彼女に力を与えていた。
エルナとメイヴは、酔客で賑わう地下横丁の飲み屋にいた。本に記載された〈リスト〉の一番目、〈逃げ水坂のメイヴ〉には横線が引かれ、達成済みであることが示されている。あと八人だが、それらは黒騎士、騎士大将、商人、魔物、正体不明の存在など様々で、徒党を組んで一人の両替商を暗殺するとは思えなかった。だが、復讐はなされなければいけない。我が父の仇を必ず、とひとまず復讐者らしく呟いた。
問題は相手の一人が高い身分に付いていることだ。
「うーん、南塔卿か。それって政務官の最高職だよなぁ。確か、かつてのロートザイデ家の長は、騎士で初めてそれを賜って政権を打ち立てたはずさ。復讐だからってそんな高官を殺しちまっていいのかね」
それを言うなら、南塔卿が復讐を恐れて国外逃亡している時点でおかしい。自分は気にせず本懐を遂げるまでだ、とエルナは言った。メイヴも、まあ大樹様(総将軍)じゃなくて良かったな、と呟いてまた酒を呷った。
エルナはメイヴに対して素性を話すように頼んだ。彼女は帝国北部の大国、荒野の地グランダルズの出身だという。そこは魔力が枯渇した特異的な場所で、あらゆる魔法具はその効力を失うか極端に弱め、魔法の使用には大きな制限がかかる。そのため、銃が他所よりも普及し、蒸気機関で動く列車や自動車などが存在している。イーグロン大陸からはフォルディアから逃げ出した魔力欠落者や、グリモの銃鍛冶などとともに、大勢の賞金稼ぎたちがこの場所にやって来る。
メイヴは高額の賞金首を追って、グランダルズを出て、そのままヴェントにまで流れ着き、博徒として生きる中、暗殺計画に手を貸す運びとなったという。だが、グランダルズ人なのに銃の一つも持っていないし、こんな戦闘能力で賞金稼ぎなんてできるだろうか? どこまで真実なのかは怪しい話だ。逃亡した次なるターゲットの場所を知っているかと詰問すると、彼女はろれつの回らない舌で、もちろん知っているよ、とその人物の居場所を答えた。




