第39話 復讐者
エルナがヴェント人であると聞くと、人々は彼女が騎士であると思い込み、主君から賜った天火を見たがる。だが、もちろんヴェントの民全てが騎士ではなく、彼女も両替商の娘だ――これは〈本〉の記述を読んだだけで、初め彼女の記憶にはなかった情報で、手探りで少しずつイメージを作り上げていった。
両替商というのがエルナには想像し難いものだった。机の上に多数の硬貨や金銀を並べ、秤で調べる。鐚銭に顔を顰め、交換した年貢麦を倉に運び入れる。そういう作業をする父を思い浮かべるが、今は亡き彼の顔は毎回違っていた。
父を殺害した九人の凶手。彼らを追って外つ国へ飛び出したエルナの復讐譚はまだ始まったばかりだ――
「今は新帝国歴八五九年だってさ。ああ、分かってる、ガヴィンが現れたのより二年も前だって言うんだろ。で、あたいが酔っぱらって聞き間違ったに違いないって、そう言うわけだろ」
メイヴがそう言いながら杯を呷った。彼女は常に酔っぱらっている。【酔っ払い】と記載されているがゆえに。
彼女はヴェントの博徒だ。ローブと草を編んだサンダルは主君を持たぬ黒騎士の定番の装いだが、彼女は騎士ではないので〈天火〉は持っておらず、短刀を懐に忍ばせているだけだ。戦闘訓練もしておらず、あっさりとラップローブに貫かれ、その後、迷宮で倒した魔物を変化させて同行させている――エルナの一人目の復讐対象は、ハスキーな声で気さくに話す。馴れ馴れしいと言っても良い。
「いや聞き間違いじゃないよ、気になるってんなら、あんたが確かめてくりゃあいい。ええと新帝国歴で八五九ってのが、あたいらの言う〈清風の時代〉の一四年で合ってるのかね」
隔絶された地たるヴェントでは独自の元号を用いている。王が代替わりしたり、不吉な出来事が続いたり、逆に何かの慶事が起こったりした場合に改元され、その選定は宮廷に残された儀礼的な役割の一つだ。閉ざされた彼の国で実権を握るのは騎士の総将軍の政権〈軍府〉だ。
「とにかく、あんたのラップローヴはイカれてるに決まってるさ。ガヴィンのときだって、妙なことがいくつも起こっていたじゃないか。もしかすると一杯飲ってるんじゃないかね、剣のくせに! それともこのあたいを斬ったせいかな、あははは」
メイヴは鎖帷子も纏っておらず、防具と呼べるのは深紅のローブとさらしだけだ。魔物を相手する時は短刀を構えて千鳥足で突っ込んでいくだけで、言うまでもなくすぐ死ぬ。そのたびに魔物を変化させて呼び出していた。戦闘能力なら〈肉裂き巨人〉や〈向こう傷のテセウス〉やナシラの悪魔、〈変容する獣〉の方が圧倒的なのだが、それらはガヴィンの物語に現れた存在で、自分の復讐譚にはふさわしくない、とエルナは思っていた――今は。このこだわりも、どうしようもない相手が出現したなら翻すだろうという確信があった。復讐相手が全員、メイヴのような酔っ払いなら話は早いのだが。




