第38話 境目
アスランの部下は魔物の襲来を知らせに来たようだ。遠くから喊声や獣の嘶きのような音が聞こえてくる。ガヴィンは茶店を出ると、ラップローヴを手に、砂煙の向こうに向かって進んでいった。
〈変容する獣〉と己の間にあったことは、次にこの魔物を出現させれば明らかになるだろう。自らの過去は、まだ明らかにはなっていないが、いずれ〈本〉に記載されるはずだ。それを読み、気に入らないなら新しく自分で組み立てていけば良い。押し付けられた矛盾に、更なる矛盾を追記していく。迷宮に生きる者たちは誰もがそうするはずだ。
このロドー外縁の戦い以降、ガヴィン・ラウ・ワーディは】
―――――――――――――――――――――――――――
記述は以上で途切れていた。それ以降、獣人の強靭なる迷宮守りがどうなったのかは分からない。
ガヴィンは恐らく、保有者としてラップローヴが作り上げた、概念的な〈戦士〉だ。大剣を振るい、迷宮を彷徨い、魔物を屠る。そんな強力な使い手として生み出されたがゆえに、あの姿となったのだ。
しかし彼はラップローヴの使い方を知らなかった――その矛盾がラップローヴには必要だった。一から学習する熟練者。ガヴィンがあの後も戦い続けたのなら、決して倒せぬ何かを屠るという矛盾、それをも達成できたのだろうか。
いや、自分がこの〈本〉を読んでいるということは、それは叶わなかったのではないだろうか。
ガヴィンを呼び出して、聞いてみようか。しかし、それではラップローヴに選ばれた使用者が二人になってしまう。一振りの剣の保有者が二人――エゲリアが言っていたように、矛盾こそがこれの強み、存在意義だ。あるいは、彼が現れたら、二振りに増えるのかも知れない。
ガヴィンは迷宮守りによくいる、徒党を組まないタイプの戦士だった。一時的に雑多な集団の中に混じっていたことはあったが、すぐに解散した。だから、次はこの自分で、人族同士の関りというものを魔剣は学びたいのかも知れない――次なる保有者はそう考えながら、足元を見る。
おびただしい量の血が流れており、その水面には自分の姿――特に特徴のない、人間の少女が映っている。
血溜まりには、今しがた片付けた一人目の亡骸が横たわっていた。それを目にしても、何らの感慨はなかった。復讐は虚しいというが、まさにそれだ。達成感、義務感、収まらぬ義憤、それらもない。この仇討ちの旅は、ラップローヴによって設定されたものだからだ。
それでも、これを成し遂げようという意思だけはあった。あと八人、奴らを全て狩る。復讐者は本を魔剣に変化させると、それを背負い、歩き始める。




