第34話 ミュウヒハウゼン家長国
荒れ地に、一軒だけ小屋が建っていた。ガヴィンが扉をノックすると、あばら家には不釣り合いな、身なりのよい男性が姿を現し、中へと迎え入れた。一晩の宿を願うと、相手はあっさりと承諾してくれた。彼はこの館の主、ミュウヒハウゼンと名乗った。
室内にはテーブルと椅子、クローゼット、見慣れぬ老齢の人物の像があった。まず家主は、お疲れでしょうし食事でもどうですか、と手を叩いた。
すると、クローゼットの中から給仕が現れて、豪華な料理をテーブルに並べた。ガヴィンは礼を言って食事を食べ始めた。
「我がミュウヒハウゼン家長国では、旅人へのもてなしは決して忘れぬようにしております。私もかつては流離い人であったゆえに」
彼はここの領主であると自称した。しかも、領地はこの小屋一つ分だけであり、それは皇帝によってしっかりと認められたものらしい。その皇帝というのも旧帝国の始祖ヌミトル大帝のことらしい。ミュウヒハウゼンは、ガヴィンと同じく迷宮守りとして砂漠を彷徨っていたころのヌミトル一世をある時、手厚くもてなし、そのために大帝が大陸を統一した後、領主として任命されたという。
「おお、そうだ。総督にも挨拶させましょう。我が領地で何か困ったことがあれば、相談すると良い」
手を鳴らすと、クローゼットの中から一人の偉丈夫と帝国軍団兵が数名出てきて、ガヴィンに挨拶をした。ガヴィンは総督に、領主殿はヌミトル大帝の時代からこの館を治めているとおっしゃったが、まことか、と尋ねる。総督は頷き、いかにも閣下は長年に渡り勤めを果たしておいでです、と断言する。
挨拶を済ませて総督と兵士がクローゼットに戻り、ガヴィンは、あの中はどうなっているのか、と尋ねた。
「どう、と申されましても――クローゼットであるからして、衣服が納められておりますが」
しかし、侍女や総督、兵士たちもあの中から出て来た。何らかの魔法具か、どこかに繋がる転移門なのか? こことは別の場所に本拠地があるのか。
「我が領地はこの館のみ、ここが我が本拠地ですぞ。ああ、何か足りない物資がおありでしたら、商会長に世話をさせましょう。大切なお客様であるからして、値引きさせた上で水や食料、医薬品などをお売りいたします」
その後も何人もの関係者がクローゼットの中から出現しては戻って行った。あばら家でガヴィンが夜を明かした後、目覚めると家主はどこにもいなかった。あのクローゼットの中にいるのだろうか。ガヴィンはそちらを見ただけで、中を改めようとはしなかった。何か嫌な予感がしたからだ。もちろん、考えすぎかもしれないが、そのまま立ち去ることにした。最後に何気なく、謎の人物の像を見た所〈偉大なる幻、虚偽の神ロモ〉と台座に彫られていた。
小屋を出て、ガヴィンは考える――この場所は、妄想に取り付かれた人物の隠居所なのか、実際に不老の領主が住まう地なのか。もしくはロモなる神が、旅人への慈悲とからかいを与えようとしたのか、もっと悲惨な目的のための罠だったのかは不明だが――帝国の構成国の中で、領主が手ずから、これほどまでに一旅人をもてなしてくれる場所はそうあるものではなく、その観点で言えば随一の場所であった。




