第26話 彼岸のドローレス
ベイリンのダグローラ広場には、都合ひと月ほど滞在していた。ある時、徒党内で名前を知らなかった迷宮守りと酒を飲んだ。その人物は恐ろしく血色が悪く、彼女が〈彼岸のドローレス〉と呼ばれている屍術師であることを後から知った。
ドローレスは死んだ後で九大迷宮のひとつ〈冥き階〉へと流れ着き蘇った。かの地を管理しているハール家が〈再来〉とか〈死にぞこない〉と呼んでいる不死者で、後遺症で屍術に適した体質へと変異した。〈階〉の地下を流れる大河を漂って以来、二度と彼女を酔わせることのない酒を生前の習慣で呷りながら、ドローレスはガヴィンから、ロドー家の領域で何らかの活躍をしたという過去を聞いた。
「九大家が感状を出すっていうのは珍しいね、迷宮攻略において何らかの貢献をしたってことだろうけど。現代においてはもう、どの九大迷宮もだいぶ行き詰ってるのさ。それを打破するのは優れた能力の持ち主じゃなく、運だ。針の穴を通すような条件に合致する、数百年に一度の幸運な人材だよ。ただ強いだけじゃ、感状なんてもらえないはずさ」
ドローレスは〈階〉について話してくれた。かの迷宮は死者の住まう冥府と繋がっている恐ろしき場所の一つで、神々より許しを得たハール家のエルフやその血族以外では、例え不死者であっても深入りすれば二度とは戻って来れない。その一方で、世界各地で死んだはずの者が、ドローレスのように大河のほとりへ流れ着くことがしばしばあるようだ。再来するのは人族に限らず、それらの魔物どもはハール家や彼らの雇った墓守りたちに討伐され、大河の向こう側に送り返される。
本分である迷宮の探索の他に、九大家はそれぞれの特権的役割を担っている。ドローレスが拾われたハール家は、迷宮内に巨大な監獄と墓所を有し、その運営に当たっていた。浅めの階層で見張りや掃除などの仕事を数年こなし、特に目的もなくドローレスは旅に出、この地に流れ着いたのだという。
彼女とそういった話をして暫くした後、徒党の希望者数名がベイリンを旅立つと言うので、ガヴィンも同行することにした。ナシラは乳絞りなどのチーズ作りに戻り、徒党を脱退した。彼女と師匠に礼を言って宿を引き払ったガヴィンは、街の入り口でドローレスや他の同行者と合流した。ベンシックの呪術師である〈雨乞い師〉や真鍮の鎧を纏った騎士ゼノビア、〈漁り屋ヌミトル〉と見ず知らずの風生まれがいた。
「おう、ガヴィン。さっそく出発すんぞ」ヌミトルが言った。彼の顔もまた、目元以外は布で覆われている。理由を尋ねたところ〈草笛吹き〉なる存在に顔を覚えられたくないから、などとあいまいな説明をしていた。
「目指すは東のオアシスだ。迷宮での戦いぶりを見る限り、この街道でオレたちが苦戦するような相手はいないだろうが、ポーカはもういない。ヘマすれば砂がお前の墓標だ」




