第20話 凶手
一度転移した者は、その後しばらくは再び転移しやすくなるという話をガヴィンは思い出していた。薄汚れた石室の中、眼前には確かに等身大の藁人形が剣を手にして立っている。隙だらけに見えるが、こちらに歩み寄る速度は存外素早かった。
だが、ヒキガエルに変えるまでもない。人形が振りかぶった隙に、ガヴィンは胴を払い、真っ二つにした。次の瞬間には再び、ベイリンのダグローラ広場に現れていた。
「無事でしたかガヴィンさん。申し訳ない、あなたは先日シヴ=イルヴァへと転移したばかりでしたね、早急にこうすべきでした」
いつの間にかカプリムルグスは宝冠を被っていた――彼が身に付ければ呪具はその効力を失う。
ガヴィンが、問題ない、と告げたとき、頭の中に知らぬはずの情報が浮かんできたことに気づく――ラップローヴの効果だろうか――〈訓練場の凶手〉、あの藁人形の名前だ。この宝冠は、戦闘訓練のために作られたと見せかけて、対象者を抹殺するための罠だ。あの人形の剣には毒草〈ムクロノシトネ〉から作られた猛毒が塗られているのだ。
謀殺に用いるにしてはやや回りくどい罠だが、もし油断して一撃でも浴びていたら危ない所だった。ガヴィンはカプリムルグスにその情報を告げ、調査の際は剣に気を付けるように言った。
「興味深い情報です、危険度をいくらか引き上げなくてはなりませんね」
彼によればこの呪具は旧帝国末期の大内乱時代、その前夜に作られたものであろう、とのことだ。現在では〈毒蛇の時代〉と呼ばれるその陰惨な時期には、古くからあった力こそすべて、争いが強者を育てる、という苛烈な思想が極みに達し、皇太子や皇帝までもが政争や暗殺で廃される事態が頻発した。帝国を司る指揮権や迷宮保有権は分割され、エルグ皇帝家を弱体化させた。
神殿、後宮、玉座においても暗殺が発生したこの時代において、宝冠は恐らく更なる狡猾な罠の試作品として作られたのだろう、と蒐集家は頷いて言った。彼にとってはいきなりこの都市に発生したとはいえ、歴史的重みを持つ一品だ。どうにかしてギルドから買い取り、コレクションの一つに加え入れるに違いない。
それからガヴィンは、ダグローラ広場の宿を拠点に、迷宮に潜る生活を続けた。これまでよりもやや深く、難度の高い迷宮を選んだ。獣人たる天稟のためか、記憶を失う以前の経験が体に残っているためか、肉薄する敵や罠に緊張感を抱きつつも、致命的な傷を負うことはなかった。




