第2話 到達経緯
ガヴィンが携帯食料と水で簡単に食事を済ませる間、エフェメラから自己紹介を受けた。彼女は中級二等の迷宮守りで、出身は〈カリナ伯国〉という帝国西部の小国だという。エフェメラとは聞き覚えがない言葉だが、その名はどういう意味なのかと尋ねると、
「〈蜻蛉〉のことで、長寿を願って付けられる名です。儚い命の虫の名を呼ぶことで、逆に死を遠ざけるという呪術的風習ですね。エルフはもともと長寿だと思うかも知れませんが、それは平均寿命の話で、すべてのエルフが二百年生きるわけではありません、小さいうちは病にかかりやすいし、それに子供が出来にくいため、殊更大切に扱われるというわけです。一説には高慢なエルフが多いのは、甘やかされて育つせいだとされていますね」
そう話すエフェメラは高慢さとはまったく無縁で、歌うような声と明るい笑顔のために、爽やかな春の風に吹かれているような気分になってくる。
食事が終わると、ひとまずこれからどうするかを考えた。もちろん、この薄暗い迷宮からは脱出しなければならない。自分の過去を知るために、ロドー家の関係者と会う、それがガヴィンの最初の目的だった。
ロドーは九大家のうちの一家であり、九大迷宮の一つ〈聖地ロドー〉を治め、その探索権を受け継ぐ一族だとエフェメラが説明する。また、国教である太陽神崇拝の〈スゥレ僧院〉の大僧正も世襲しているそうだ。そのような大家と自分はどのように関りを持ったのだろう、とガヴィンは考える。彼らはこちらの素性を知っているのか、それともただ単に一兵卒として雇い入れただけなのか。いずれにせよ、今のところ手掛かりはこの感状と魔剣だけだ。
ガヴィンは背嚢と魔剣ラップローヴを身に付け、エフェメラに続いて部屋の外に出た。長い廊下が左右に延々と続いている。ここも天井に魔力灯が点っているため、暗闇に惑う恐れはなかったが、灯りがなくとも獣人の目は、易々と周囲を見通せただろう。
ここは〈コス帝国〉南東部にある〈ドルスス藩主国〉の下層、〈赤蜘蛛邸宅〉という場所らしい。現在は新帝国歴八六一年、四の月、六日の早朝、とのことだ。ガヴィンがなぜこの場所にいたのか、エフェメラはその理由として――自分で来た・誰かに連れてこられた・転移した・迷宮内で発生した――この四つを挙げた。
エフェメラによれば、迷宮に別の場所あるいは時間軸から転移するケースはままあり、記憶障害をはじめとする症状が出ることも少なくないらしい。だがガヴィンのように一般常識のような記憶をも失っているのはなかなかないという。一度転移した者は近いうちに再びどこかへ飛ばされることもあるので、気構えだけはしておいた方がいいらしい。
第四の可能性の「迷宮内で発生」とはどういうことかと聞くと、彼女は〈迷宮人〉と通称される存在について話してくれた。それは何の前触れもなく無から出現する者で、そこまでの人生の記憶を保有し、何らかの役割を備えているのだという。あるいはガヴィンは〈過去を失った者〉という役割を背負って突如生まれた存在なのかも知れなかった。