第17話 総督領街道
隣の都市〈ベイリン〉には、明日の午前中には到着するそうだ。この旅において、ガヴィンが活躍する余地はなかった。カプリムルグスが雇った御者と護衛はそれなりの強者で、おまけに街道沿いには帝国軍の巡視部隊が見張っている。総督の居城たる領都ベイリンが近く、安全は常に保たれている、と呪術師は説明する。
この地は〈アダン〉という名前で、旧帝国の時代、二つの領主家が領土争いを長く続け、結局双方の滅亡という結果に終わった。その後、帝都から派遣される総督が直接統治を続けているそうだ。
何度か兵たちが魔物を狩っているシーンに出くわした。大型の砂蟲であったり、群れ狼、数十名の盗賊、サンドゴーレムなどだ。輝く鎧を纏う軍団兵は圧倒的な戦力で、それらを退治した。
砂漠には多くの遺物が沈んでいた。街道沿いに建ち並ぶ大神像にもまして目を惹いたのは、巨大な人型機械の残骸や竜の化石などだ。それらは千年前の〈大崩壊〉の直前、旧帝国末期の内乱で用いられたものらしい。だが、どの勢力の兵器なのかはカプリムルグスは言わなかった――どこにも所属せず、あるいは内乱そのもの、戦神エギラの差し金なのかも知れないと意味深に嘯くのみだ。
巨大な錆びた手のひらの下、魔物除けの香を焚き、結界によって急激に冷える夜の砂漠からの守りを整え、晩餐の用意が始まった。護衛の厳めしい顔の戦士が、ここじゃ魔物よりサソリや、砂漠そのものに注意が必要だと告げる。街道から少しでも離れれば、迷宮化した地が永遠に旅人を飲み込んでしまう、と。
空には二つの月が昇った――それ自体が保有する魔力によって淡色に光る、オレンジ色の大きな主月と、小さい緑色の矮月が。夕飯の前に一同は、夜の間の安全を願い、双月を司る神アルズとコーに祈りを捧げた。
夕飯は公社で出される迷宮芋と人造肉のシチューに近いものだったが、野菜がいくらか追加されていたし、味付けも多少凝っていた。食事をしながらカプリムルグスは、自ら所有する呪具についての自慢話を始めた。魔物を探知するが、代わりに魔物を呼び寄せてしまう短剣だったり、美酒が湧き出るが必ず悪酔いする杯、他者の嘘を見破れるが自分が無意識に嘘を吐いてしまう首輪などだ。
いったい誰がそれらを生み出したのか、とガヴィンが尋ねると、悪意ある呪縛師も作り出すが、大半はもちろん迷宮そのものが生むのだ、という答えだ。すなわち神々そのものが、人族を惑わし、害することを狙って作ったのだと言う。
カプリムルグスの紳士ぶった口調は、呪具について話すときには少しばかり崩れる。自らは恐ろしき呪いから無縁でいられるという優越感もあるのだろうが、そうでなくとも彼は呪詛に危うい魅力を覚えているようだ。彼の抗呪の力もまた、神々が仕組んだ危うい罠のように思えたが、ガヴィンにとっては幸いなことに、少なくとも今回の旅の中で忌まわしき破滅を迎えることはなかった。