第163話 幕切れ
ピトフーイとしてシグネットとともにシエラは北を目指して進んだが、あまりうまく進めている実感はなかった。
エノーウェンにて何処かへ行きたければ、そこを目指し、その後目指し続けるだけでなく、うまく進み続ける必要があった。ただ歩いたり走ったり乗り物を駆ったりすればよいというわけではない。
この原因として、いくつか理由が思い浮かんだ。一つは、アルバトロスが巧妙な手口によって、シエラに悟られることなく旅を妨害しているというものだ。ワイルドハントの刺客が眼前に現れれば打ち倒すこともできるが、居場所も攻撃の方法も分からないのでは、対処のしようがなく、効果的な妨害手段と言えた。
二つ目は、あの放浪者、レオニダスが誤っていたという可能性だ。別に設定する必要がなかった目標を立てたために、シエラは出口なき陥穽に落ちてしまったのではないだろうか。
あるいは、〈語り手〉が何らかの意図で悪さをしているのではないか、とも思えたし、名も無き者を苦しめたバブラスが未だに攻撃を仕掛け続けているような気もしたし、ニムロドの呪詛がシエラやラップローヴに残留しているせいかも知れなかった。
シグネットを見ると、またあの疑わし気な目付きでこちらを見ている。嫌な目だ。カトブレパスの呪詛にも劣らぬほどに、こちらを懊悩させる。ピトフーイという人物は抑圧の果てに狂うほどの悲惨な人生を送ることになったが、それももっともだ。迷宮をさまよう犠牲者そのものだ――エノーウェンとは、そのすべてが迷宮であり、強者も弱者も、その区別なく、ひたすらに翻弄され、苦しむようにできている。
その本質を改めて実感したシエラは、空を見上げた。
そこには満月が浮かんでいる。満月を見たなら、ラップローヴの持ち主は死ぬ――エルナが異形騎士エドゥアルトを倒す際に負った代償だ――この定義づけはこれまで重要ではなかった。死んでも、魔剣の力は再び持ち主を再起させるからだ。
それでも、その一瞬、シエラの物語は途切れることになる。その一瞬は、〈語り手〉にとってはもっと長いかも知れない、とシエラは考えた。再開までの間、待ちきれぬ彼女は別の物語を語り始めるかも知れない。それを期待してのことだった。
大量のページが舞うことはなかった。世界は静かなまま、続いていた。ピトフーイは既に半狂乱で、シグネットとともに進み続けた。満月を直視して死んだシエラと、廃英傑アレッシアを残して。
ラップローヴは使用者の停滞を忌避するわけではない、長きに渡る停滞もまた、情報の蓄積だからだ。何の変化もないという層がいずれ武器になることもある。だから、ラップローヴは何もしない。語り手は恐らく、次の話を始めたはずだ。その主人公が誰なのか、シエラは知る由もない。一瞬の死が、どれほど長く続くのかも。